抄録
【はじめに、目的】 大腿骨頚部骨折(頚部骨折)は患者の多くが高齢者であり、寝たきり防止という観点からそのADLを効率よく向上させていくことが望まれる。ADL難易度に関する報告で脳卒中に関するものはみられるが、頚部骨折に関する報告は少ない。当院回復期リハビリテーション病棟(回リハ病棟)に入棟した頚部骨折患者のADLを機能的自立度評価法(FIM)にて評価し、難易度の序列や再獲得過程を検証したので報告する。【方法】 平成19年4月から平成22年3月までに当院回リハ病棟を退院した頚部骨折患者でデータに不備のあった2例を除く135名(平均年齢83.5±8.4歳)を対象とした。ADL難易度は入棟時、退院時のFIM運動13項目の得点をRasch解析にて項目別難易度(logits)と適合度指標(infit、outfit)を数値化した。解析はWINSTEPS Version 3.65を使用した。Rasch解析は、対象者の能力分布と課題の難易度分布を用いて両者の関係を正規化することで、得点の距離を間隔尺度化する方法である。各項目の難易度はlogitsという単位で数値化される。logitsは0が標準難易度であり、値が大きいほど難易度が高い。またデータのRaschモデルへの適合度指標としてinfit値、outfit値がある。今回使用したWINSTEPSはinfit、outfitが0.5~1.5の範囲に入らない場合をmisfit(不適合)と解析する。そのうち、0.5以下をoverfitといい、項目独自の貢献度は少ないと判断される。1.5以上をunderfitといい、モデルから予測されないパターンを多く示した項目であり、Rasch解析には不適合と判断される。【倫理的配慮、説明と同意】 患者には入棟時に本研究における評価結果の使用について、目的以外には使用しないこと、個人が特定できないよう厳密に管理することを説明し同意を求めた。【結果】 入棟時FIM運動項目の合計得点は48.5±23.1点、退院時は58.5±24.6点であった。受傷から入棟までの日数は25.3±36.0日、回リハ病棟在棟日数は64.7±23.9日であった。入棟時のFIM運動13項目の難易度は高かった順に、階段(2.34logits)、浴槽移乗(1.88)、清拭(0.67)、歩行/車椅子移動(0.35)、下半身更衣(-0.02)、トイレ動作(-0.09)、トイレ移乗(-0.23)、排尿コントロール(-0.35)、ベッド移乗(-0.52)、排便コントロール(-0.60)、上半身更衣(-0.67)、整容(-0.79)、食事(-1.98)であった。退院時は階段(1.99)、浴槽移乗(1.88)、清拭(0.90)、歩行/車椅子移動(0.31)、下半身更衣(0.03)、排尿コントロール(-017)、トイレ動作(-0.18)、トイレ移乗(-0.33)、排便コントロール(-0.44)、上半身更衣 (-0.56)、ベッド移乗(-0.62)、整容(-0.75)、食事(-2.05)であった。浴槽移乗、歩行/車椅子移動、階段のinfit値とoutfit値ともに1.5以上であった。排尿・排便コントロール、清拭のinfit値は1.5を超えていた。トイレ動作のinfit値、outfit値は0.5を下回っていた。トイレ移乗のinfit値は0.5を下回っていた。【考察】 Katzは頚部骨折患者のADL難易度を高い順に入浴、更衣、トイレ動作、移乗、排泄コントロール、食事としている。今回の調査でも類似した結果であった。適合度指標が1.5以上であったADLを除き入棟時の項目別難易度をみると0~-0.5logitsの範囲に下半身更衣、トイレ動作、トイレ移乗が、-0.5~-0.8logitsの範囲にベッド移乗、上半身更衣、整容が、-2.0logits付近に食事が分布していた。退院時も同様の傾向であった。一側下肢の障害という特性から考えると移乗動作、トイレ動作は立位を保持し、さらに大きな重心移動を伴うため比較的難易度が高くなったと思われる。上半身更衣、整容は重心移動が小さく、両手動作も可能で、端坐位でも動作を完結できることから難易度が低くなったと思われる。食事動作は姿勢保持が不安定でも車椅子等にもたれることで動作を遂行できるため最も難易度が低くなったと思れる。排尿・排便コントロール、歩行/車椅子移動、清拭、浴槽移乗、階段は適合度指標がunderfitであった。排尿・排便コントロール、歩行/車椅子移動、階段についてはFIMにおいて2本立ての採点方法が原因と思われた。また浴槽移乗、清拭はリスク管理上介助浴となる症例が多く、過介助となりやすいため、患者の能力が反映されにくかったと思われる。【理学療法学研究としての意義】 骨折患者のADL難易度に関する報告は少なく、特に整容、歩行/車椅子移動、浴槽移乗、清拭、階段の難易度を数値で報告しているものはない。頚部骨折患者のADL構造を理解することで、習得が遅れているADLの確認や治療プログラムの立案が的確に行えることが期待できる。