抄録
【はじめに、目的】 内側型変形性膝関節症(膝OA)患者の治療戦略として、膝関節への負荷軽減は重要である。T字杖は、膝関節への負荷を軽減させる目的で広く使用されており、患側下肢への荷重量を減少させると報告されている。近年、三次元動作解析技術の進歩により膝関節へかかる負荷の計測が可能となった。特に、膝OAの発症・進行の因子として、外部膝関節内反モーメントとlateral thrust(歩行立脚初期に生じる急激な膝関節の外側への動揺)が注目されている。T字杖の有用性は一般的に認められているが、外部膝関節内反モーメントやlateral thrustに与える影響について検討した報告は少ない。そこで本研究の目的は、膝OA患者の歩行におけるT字杖の有無が、外部膝関節内反モーメントやlateral thrustにどのような影響を与えるかを検討することである。仮説として、T字杖使用により外部膝関節内反モーメントとlateral thrustは減少するとした。【方法】 対象者は当院整形外科にて膝OAと診断され、手術適応となった15名15膝(TKA:術前2名、術後3週3名、3ヶ月1名、6ヶ月1名、1年4名、HTO:術前3名、術後1年1名)とした。性別は男性5名、女性10名、平均年齢は69.1±8.5歳、平均身長は154.7±7.5cm、平均体重は57.8±6.6kgであった。また、対象者はT字杖の使用方法について指導を受けた経験がある者とし、服部らの方法を参考にT字杖の長さは起立位での大転子の高さとし、健側の手で杖を把持した。歩行動作の評価として、3次元動作解析装置Vicon612(Vicon Motion Systems 社、Oxford、英国)7カメラシステムと4枚の床反力計(AMTI社製、Watertown、米国)を用いてサンプリング周波数120Hzにて計測した。対象はVicon標準ソフトであるPlug-In-Gaitモデルに即し、全身の39点に赤外線反射マーカーを貼付した。運動課題は、裸足で歩行速度を規定しない自由歩行とし、8mの歩行路を同一被験者にて独歩、T字杖歩行で測定した。検討項目は、外部膝関節内反モーメント、lateral thrustとした。なお、lateral thrustは、全歩行周期の踵接地から20%にあたる荷重応答期での膝関節最大内反角と最小内反角の差として算出した。 統計学的処理は、各パラメーターにおける独歩とT字杖歩行の比較に、対応のあるt検定を用いた。なお,有意水準は0.05未満とした。解析にはPASW18(SPSS社,日本)を用いた。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は、広島大学疫学研究倫理審査委員会にて承認を得た(第疫−204号)。また、すべての対象者に研究の目的と内容を書面にて説明し、文書による同意を得た。【結果】 外部膝関節内反モーメントは、独歩で0.77±0.22Nm/kg、T字杖歩行で0.70±0.25Nm/kgであり、T字杖歩行で有意に減少した(p=0.02)。lateral thrustは、独歩で3.47±1.82°、T字杖歩行で4.08±2.11°であり、T字杖歩行で有意に増加した(p=0.01)。なお、歩行速度は独歩で0.93±0.20m/sec、T字杖歩行で0.87±0.18m/secであり、T字杖歩行で有意に遅い結果となった(p=0.01)。【考察】 今回の結果では独歩と比較し、T字杖歩行で外部膝関節内反モーメントは減少したもののlateral thrustは増加する結果となり、我々の仮説は否定された。外部膝関節内反モーメントは、膝関節内側コンパートメントへの負荷量を反映する運動力学的パラメーターであり、T字杖の使用によって患側下肢への荷重量が軽減されたため、外部膝関節内反モーメントも減少したと考えられる。一方、lateral thrustは、膝関節内側の繰り返しの機械的負荷を反映する運動学的パラメーターであり、膝OAの発症・進行の要因になるとされている。lateral trustを増加させる因子として、膝OAのgrade、FTA、膝関節伸展筋力、膝関節伸展制限などがある。T字杖の使用は、荷重量の減少は伴うものの、これらの因子への影響は少なく、lateral thrustが増加したと考えられる。今回の結果から、標準的な方法でのT字杖の使用はlateral thrustを増加させ、膝OAの進行に繋がる可能性があることが示唆された。今後症例数を重ね、lateral thrustの増加するメカニズムの解明を行い、その対処方法を検討する必要がある。【理学療法学研究としての意義】 今回、T字杖の使用が膝OAの進行予防に対して必ずしも有用ではない可能性が示唆された。今後、膝関節へのメカニカルストレスをいかに減ずることができるか、その根拠を示していく必要がある。