抄録
【目的】 立位や歩行時の外部膝関節内反モーメント(External knee adduction moment: KAM)の増大は,変形性膝関節症 (Knee osteoarthritis: 膝OA)の発症と進行に関与する因子である。KAMの値に影響する要因として,床反力の大きさと,膝関節中心点から床反力ベクトルまでの距離であるレバーアーム長がある。我々は,第46回日本理学療法学術大会で,膝OAの歩き始めのKAMの増大は,レバーアーム長の延長が関与していることを明らかにした。本研究は,膝OAの歩き始めの最大時KAMのレバーアーム長に影響を与える大腿部と下腿部の傾斜角度と下肢の各関節角度の要因について明らかにすることを目的として行った。本研究では,レバーアーム長に影響を与える要因は,股関節外転,膝関節屈曲と足関節背屈角度であるとする仮説を立てた。【方法】 被験者は,内側型膝OA女性22名(平均年齢68.3 ± 8.9歳,片側膝OA11名,両側膝OA11名,Kellgren - Lawrence分類ではGrade 1: 3肢,Grade 2: 12肢,Grade 3: 15肢,Grade 4: 3肢)で,計33肢を被験肢とした。課題動作は快適スピードによる歩き始めで,膝OA肢を初期立脚肢として,対側下肢を最初に振り出すよう口頭指示し3回の試行を行った。歩き始めの運動学・運動力学データは,赤外線カメラ8台を用いた三次元動作解析装置Vicon MXとAMTI社製床反力計8枚によりそれぞれ取得した。立脚肢のKAMおよび,骨盤,大腿部,下腿部の絶対空間座標に対する傾斜角度,股関節,膝関節,足関節の角度は足部,下腿部,大腿部,骨盤の7剛体リンクモデルにて,KAMのレバーアーム長はHuntらの方法にて算出した。最大時KAMのレバーアーム長に対する大腿部と下腿部の傾斜角度および下肢関節角度が与える影響を,Stepwise法による重回帰分析で分析した。つぎに,膝関節内反角度に対して,大腿部と下腿部の傾斜角度が与える影響を,同様の重回帰分析で分析した。さらに,重回帰分析で選択された大腿部と下腿部の傾斜角度の変数をそれぞれ従属変数とし,股関節,膝関節,足関節角度を独立変数として用い同様の重回帰分析で分析した。統計学的解析にはSPSS12.0J for Windowsを用い,有意水準は5 %未満とした。【説明と同意】 研究の実施に先立ち所属機関の倫理委員会にて承認を得た。さらに,本研究はすべての対象者に研究の目的と内容を説明し,文書による研究参加への同意を得た後に実施した。【結果】 最大KAMのレバーアーム長の延長に関与する因子として膝関節内反角度 (β = 0.893, p < 0.001) が要因として選択された (R2 = 0.79, p < 0.001)。膝関節内反角度の増大に関与する因子として大腿部内側傾斜(β = 0.569, p < 0.001) と下腿部外側傾斜角度 (β = 0.609, p < 0.001) が要因として選択された (R2 = 0.99, p<0.001)。さらに,大腿部内側傾斜角度の増大に関与する因子として股関節外転 (β = 0.770, p < 0.001) と膝関節屈曲角度 (β = 0.299, p = 0.007) が要因とし選択された (R2 = 0.71, p < 0.001)。また,下腿外側傾斜角度の増大に関与する因子として,足関節底屈 (β = -0.604, p < 0.001) と膝関節屈曲角度 (β = 0.487, p = 0.001) が要因として選択された (R2 = 0.61, p < 0.001)。【考察】 本研究では,レバーアーム長の延長は,膝関節内反角度の増大が関与し,その膝関節内反角度の増大は大腿部内側と下腿部外側への傾斜角度の増大が関与していた。また,この大腿部と下腿部の傾斜角度の増大は,股関節外転,膝関節屈曲と足関節背屈角度の増大が関与していた。膝関節屈曲と足関節背屈角度の増大は,膝関節屈曲位と足関節背屈位の状態になることによって,容易に股関節と足関節の回旋運動が起こり,膝関節に異常なストレスを生じさせると推測される。膝関節内反変形かつ股関節外転位による立脚肢アライメントでは,立脚肢側への上半身重心の移動が十分にできず,KAMのレバーアーム長が延長し,KAMを増大させる要因につながるものと推測される。【理学療法学研究としての意義】 本研究は,膝OAのKAMを減少させる運動学的要因を明らかにしたことにより,今後の理学療法介入法の新たな視点を提言できると考える。