抄録
【はじめに、目的】 整形外科領域の慢性疼痛患者の特徴として、局所所見が乏しい事や、客観的所見に比べ主観的所見が主である事を多く経験する。我々は、このような慢性疼痛患者に対する新たなる客観的評価指標として、本来の生理的弯曲とは逸脱した脊柱弯曲アライメントに着目している。先行研究では、慢性疼痛患者と健常人との脊柱弯曲角度を比較検討し、慢性疼痛患者は健常人に比べ胸椎弯曲角度で有意に低値を示すという知見を得ている。しかし、慢性疼痛患者の胸椎弯曲角度が低値を示したとしても、慢性疼痛患者と健常人の境界は不明確であった。そこで、今回、我々は、慢性疼痛患者と健常人との胸椎弯曲角度のカットオフ値を調査し、客観的評価の一助となるかを検討した。【方法】 対象は画像所見上、明らかな異常を認めない20~39歳(青年~壮年期)の慢性疼痛患者20名(男性20名、平均年齢32.4±4.8歳)、 健常人20名(男性20名、平均年齢30.0±6.3歳)の合計40名とした。対象者には、両腕を胸の前で組んだ自然立位姿勢で、日立社製DHF153HII長尺システムを用いて、立位全脊柱側面レントゲン画像を撮影した。その画像から胸椎弯曲角度をCobbの変法を用いて測定した。測定基準を第7頚椎椎体下面・第12胸椎椎体下面とした。矢状面レントゲンの特性上、第1胸椎椎体が不明確であるため、第7頚椎椎体下面を用いた。統計学的検定にはWelchのt検定を用い、有意水準を5%未満とした。また、受信者動作特性曲線(Receiver Operatorating Characterristic curve 以下:ROC曲線)によるカットオフ値、ならびに検査の予測能を示すROC曲線下面積(Area Under the Curve 以下:AUC)を算出した。【倫理的配慮、説明と同意】 ヘルシンキ協定に基づき、対象者には文書および口頭にて研究の主旨を十分説明し、了承が得られた者を対象とした。【結果】 胸椎弯曲角度平均値は、慢性疼痛患者で30.37°±8.02、健常人で37.74°±10.52であり、健常人に比べ慢性疼痛患者では胸椎弯曲角度が有意に低値を示した。また、この2群間のROC曲線を用いたカットオフ値は36.87°であり、AUCは0.716であった。【考察】 先行研究同様、慢性疼痛患者の胸椎弯曲角度が、健常人に比べ有意に低値を示した。さらに今回、ROC曲線のカットオフ値より、慢性疼痛患者と健常人との胸椎弯曲角度の境界値が36.87°であることが明らかとなった。また、AUCが0.716であることから、胸椎弯曲角度による慢性疼痛患者の予測能は中等度であることが判明した。これは胸椎弯曲角度が慢性疼痛患者の客観的指標として有用であることを示している。過去に我々は、客観的筋力指標である体重支持指数(weight Bearing Index 以下:WBI)について、慢性疼痛患者と健常人の比較検証を行った。結果、慢性疼痛患者のWBI値が健常人に比べ有意に低値を示し、その境界値が84.0であることを報告した。この知見と、今回の研究で得られた結果は、慢性疼痛患者の特徴という点で関連している可能性がある。現状では、慢性疼痛患者には、筋力の低下や、胸椎弯曲角度の減少、という結果を得たが、それぞれの関連性は明らかではない。この点については、今後、検討していく必要がある。【理学療法学研究としての意義】 胸椎弯曲角度カットオフ値36.87°は、慢性疼痛因子抽出の客観的評価指標となりうる。