抄録
【はじめに】 サッカーの競技特性として,試合中の基礎技術使用率では,キックが約50%を占め,インステップキックとインサイドキックの頻度が非常に多いといわれている。身体機能と障害発生については,下肢の筋タイトネスは,筋腱付着部障害発生の判別に影響を及ぼす因子であるとの報告や,成長期におけるスポーツ傷害の発生と筋柔軟性の低下について関連を示唆することが言われている。今回,スポーツ現場で実施可能なメディカルチェックにおける身体機能測定の結果と簡易的なキック動作の分析から,筋タイトネスや関節可動域がキック動作に与える影響を検討することを目的とした。【方法】 対象は,高校生男子サッカー選手で,全国大会出場経験のある県内トップクラスのサッカー部のトップチーム21名(年齢16.5±0.9歳,身長170.1±6.1cm,体重61.4±8.3kg,競技歴8.5±1.7年)とした。身体機能測定として,筋タイトネスと股関節外旋角度の測定を行った。筋タイトネステストは,腸腰筋の評価として測定肢と反対側の膝を抱えた肢位における膝屈曲角度(以下,Ilio),ハムストリングスの評価としてStraight Leg Raisingの角度(以下,SLR),大腿四頭筋の評価として腹臥位における膝屈曲角度(Heel Buttock Distance: 以下,HBD),下腿三頭筋の評価として立位膝伸展位における足関節最大背屈角(以下,Gastro)を左右で測定した。代表値として左右の平均値を使用した。股関節外旋角度は,東大式関節弛緩性テストの股関節の方法を用い,立位での股関節外旋角度を測定した。キック動作はインサイドキックで,11m先のネットを目標に最大努力でのキックとした。撮影はキック方向と垂直の方向で,矢状面上で実施した。カシオ社製デジタルカメラEX-FC100を使用し210fpsにて撮影した。動作解析にはディケイエイチ社製Media Blendを使用した。キック動作の目印となるポイントとして,蹴り足の爪先が地面から離れるToe off,軸足の踵が地面に接地するHeel contact,軸足の足底が地面に接地するFoot flat,蹴り足がボールに接触するBall impactの4点を設定した。矢状面上での撮影から,Heel contactでの軸足踵を通る地面への垂線と蹴り足の膝最凸部との距離a,Ball impactでの軸足踵を通る垂線と軸足膝最凸部との距離b,軸足踵を通る垂線と上部体幹最凸部との距離cを測定した。キック動作解析での測定距離a,b,c各々に影響を与える筋タイトネスの要因を検討するため,キック動作解析での各測定距離を従属変数,下肢筋タイトネスの各測定角度と股関節外旋角度を説明変数として重回帰分析を実施した。説明変数はステップワイズ法を用い,F値を考慮して絞り込みを行った。尚,統計処理にはSPSS Statistics 17.0を用いた。【説明と同意】 対象者は,指導教員の同意を得た後,本研究の意義,目的,方法について口頭および文書にて十分な説明を行い,同意を得た。【結果】 重回帰分析の結果,距離aに対しては,有意差は認められなかった(R2=0.21)。距離bに対しては,下腿三頭筋,大腿四頭筋のタイトネスおよび股関節外旋角度が有意に関係している結果となり(R2=0.65),重回帰式,距離b=110.76+(1.33×Gastro)-(1.18×HBD)+(0.21×股関節外旋)が得られた。距離cに対しては,下腿三頭筋,大腿四頭筋のタイトネスおよび股関節外旋角度が有意に関係している結果となり(R2=0.51),重回帰式,距離c=-77.74-(2.03×Gastro)+(1.68×HBD)-(0.32×股関節外旋)が得られた。【考察】 大腿四頭筋と下腿三頭筋のタイトネス,立位での股関節外旋角度がキック動作における,Ball impact時の軸足の下腿前傾の減少,上半身重心の後方変移に影響を及ぼす傾向が認められた。今回の結果から考えられるキック動作でのBall impactは,より股関節屈曲が少ない肢位でのBall impactになることが推測され,これにより大きなモーメントを発揮するためには,大腿直筋や長内転筋,腸腰筋などがより伸張位で活動することが推測され,大きなストレスが生じキック時の股関節痛のリスクとなることが考えられた。さらに,後方重心での踏込は大腿四頭筋の遠心性のストレスが大きくなり,膝伸展機構障害のリスクとなることが考えられた。今回,キック動作に影響する筋タイトネスがみられたことから,シーズンを通したメディカルチェックを実施し,継時的な変化を確認することで,筋タイトネスの変化について早期に対応することが重要と考えた。【理学療法学研究としての意義】 本研究の結果,筋タイトネスがキック動作に影響を及ぼし,スポーツ障害の発生動作になる可能性が考えられた。そのため,今後は障害予防プログラムとしてストレッチングの内容を考慮することが可能と考える。現場で動作を簡易的に評価することで,身体機能と動作を含めた指導が可能となり,選手に対してより有益なアプローチが可能となると考える。