抄録
【はじめに、目的】 膝関節の機能障害に対する評価として膝蓋骨の可動性および位置の評価は重要である。膝蓋骨の可動性に関しては本邦においても多数報告されている。一方、膝蓋骨位置に関する評価は十分に検証されていない。本研究は,臨床場面における膝蓋骨位置の評価方法確立を目的として行った。【方法】 膝に既往歴や症状のない20代の健常成人31名62膝(男性19名、女性12名)を対象に、膝関節90度屈曲位および0度伸展位で、大腿骨両顆部間における膝蓋骨の位置を評価した。測定はHerrington の方法を改変し行った。大腿骨内側上顆・膝蓋骨・大腿骨外側上顆が一直線上に通るようにサージカルテープを貼り、テープ上に各ランドマークに印をつけ両顆部最大隆起部と膝蓋骨までの距離を測定した。膝蓋骨内側縁から内側上顆の距離および外側縁から外側上顆の距離を計測し、二つの距離の差から両顆部間中央に対する膝蓋骨の位置を算出した。値は外側方向を+、内側方向を-と定義した。まず12名24膝(男性9名、女性3名)を対象に膝関節屈曲位・伸展位それぞれ3回ずつ測定し、測定方法の信頼性を確認した。さらに19名38膝(男性10名、女性9名)を対象にそれぞれ1回ずつ測定し左右差、屈伸差、男女差を比較検討した。統計処理は対応のあるまたは対応のないt-検定を用い有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は当大学倫理委員会の承認を受けて施行した。対象者全員に対して予め研究の趣旨を説明し、書面による同意を得た。【結果】 3回測定平均時の検者内信頼性ICC(1,3)は屈曲位で0.91(95%信頼区間:0.82-0.96)、伸展位で0.88(0.76-0.94)あった。1回測定時の検者内信頼性ICC(1,1)は屈曲位0.77(0.60-0.88)、伸展位0.71(0.52-0.85)であった。全対象者における膝関節屈曲位の膝蓋骨位置は左右ともに伸展位に比べ有意に外側に位置していた (右屈曲時1.4±0.5 cm、右伸展時 0.4±0.7 cm:P<0.01、左屈曲時0.8±0.6 cm、左伸展時0.0±0.5 cm :P<0.01)。また屈曲位右膝蓋骨位置は屈曲位左に比べ有意に外側に位置していた(P<0.01)。男性群のみでみると右屈曲位で膝蓋骨は最も外側に位置し(1.6±0.4 cm)、右伸展位(0.7±0.8 cm)および左屈曲位(0.5±0.6cm)と有意な差がみられた(P<0.01)。女性群においては、左右ともに屈曲位膝蓋骨は伸展位に比べ有意に外側に位置していた(右屈曲位1.3±0.7 cm、右伸展位0.4±0.7 cm:P<0.01、左屈曲位1.1±0.5 cm、左伸展位-0.2±0.5cm:P<0.01)。男女における比較では左膝屈曲位においては女性群が、右膝伸展位では男性群が有意に外側に位置していた(p<0.05)。伸展位膝蓋骨位置に対する屈曲位膝蓋骨位置の移動距離としてみると男性右0.9±0.8 cm、男性左0.3±0.5 cm、女性左1.2±0.6 cm女性左1.3±0.8 cmであり、男女の左膝蓋骨移動距離に有意差が認められた(P<0.01)。【考察】 本研究の結果、今回の測定方法は良好な検者内信頼性が得られた。また、膝蓋骨位置には屈伸差、左右差、男女差が存在することがあきらかになった。しかし膝屈曲から伸展時の膝蓋骨の移動距離は、男性左を除けば概ね同様の値を示していた。男性右の膝蓋骨は屈曲位で最も外側に位置していたが、もともと伸展位においても外側傾向であることから、結果的に屈伸による移動は女性のものと同程度の値となっている。膝蓋骨の位置に影響を与える組織として腸脛靭帯(ITB)・外側膝蓋支帯・内外側広筋があげられる。ITB・外側膝蓋支帯の硬さは膝蓋大腿関節機能障害の患者によく見られる。これらの組織は膝屈曲位において伸張されるため、今回の測定のように伸展位のみならず屈曲位の位置を確認することは重要である。その際、健常者であっても膝伸展位置から屈曲すると1cm程度は外側に移動することを考慮にいれて評価する必要がある。本研究では右側の膝蓋骨が外側に位置する傾向があり、それは男性に顕著であった。今回の研究では明らかにできないが、下肢筋力・機能に関する性差や左右差が影響を与えている可能性が考えられる。今後さらに検討していくべき課題である。【理学療法学研究としての意義】 膝蓋骨の位置異常が過剰なメカニカルストレスを発生させ疼痛に結び付く可能性がある。検査に膝蓋骨位置の屈伸差という概念をとりいれることで評価の幅が広がることが期待できる。本研究は対象が健常群であるため十分に調査できなかったが、今後コホート研究や対象者数を増やし疼痛群との比較研究へと発展させることで膝関節痛のリスクを明らかにし、疼痛予防の一助となると考えている。