抄録
【はじめに、目的】 Myotuning Approach(MTA)は、痛み、痺れ、筋緊張の異常および筋の活動効率を改善する治療的アプローチであり、主な作用機序の1つに循環不全の改善があるとされている。MTAの中心的なアプローチ法である基本手技は静的施行法と動的施行法があり、前者は静止した状態で、後者は動作の中で施行する。両施行法ともに痛みのある部位と、その痛みを改善できる部位に、同時に圧刺激を加えて施行する。MTAによる施行前後の皮膚表面温度の変化においては、サーモグラフィーを用いた研究によって改善が検証されている。しかし、動脈血流の改善状況に関しては検証されていない。そこで本研究は、MTAの基本手技による痛みの改善によって、施行部より遠位の動脈血流変化が改善するかどうかを、検証することを目的として行った。【方法】 対象は、理学療法学科に在籍する健康な学生8名(男性5名、女性3名)であった。年齢は19±0.6歳、身長は166.2±4.6cm、体重58.5±7.8kgであった。施行手順は対象者全員に対して、まずMTAによる介入を行い、12日後に圧刺激による介入を行った。MTAによる介入では、事前に徒手による刺激によって確認していた棘下筋の痛みを、MTAの基本手技による静的施行法で改善した。具体的には痛みのある部位と、その痛みを抑制できる部位の2か所に、圧刺激を加えて施行した。圧刺激による介入では、MTAによる介入時の痛みの部位に対して圧迫しながら横断刺激を加えて施行した。後者は、MTAによる介入効果の影響を無くすために、MTAによる介入の12日後に行った。両介入ともに、施行時間は15秒間、施行肢位は仰臥位とした。評価は、両者の介入前後の時間平均最大流速(Time average maximum :TAMAX)と、時間平均流速平均値(Time average mean:TAMEN)により行った。測定は、GE Healthcare社製のLOGIQe超音波診断装置を使用し、カラードップラーにて行った。プローグはリニアプローグの12MHzを使用し、ドプラ入射角は、60°に設定した。評価部位は、上腕動脈とした。評価部位の同定は、上腕内側で上腕動脈拍動と血管の抵抗を触診し血管を確認する方法で行った。計測は、上腕動脈の走行と形状を確認した後、リニアプローグで血管を圧排し過ぎないように、可能な限り弱く圧迫しながら画面上で拍動を確認し、その後リニアプローグを固定して行った。統計解析は、MTAおよび圧刺激による介入前後のTAMAXとTAMENに対して対応のあるt検定で行った。統計処理の有意水準は5%未満とし、解析にはPASW statistics18(SPSS Japan)を使用した。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究に先立ち、対象者には研究内容に関する充分な説明を行い同意を得た。【結果】 TAMAX はMTA介入前が12.8±6.0cm/sec、介入後が16.6±6.2cm/secであり、圧刺激による介入前が14.8±6.0cm/sec、介入後が15.9±5.9cm/secであった。また、TAMEN はMTA介入前が6.9±3.cm/sec、介入後が9.3±4.cm/secであり、圧刺激による介入前が8.0±3.cm/sec、介入後が8.0±3.3 cm/secであった。対応のあるt 検定の結果、MTAによる介入前後でTAMAXおよびTAMENともに有意差を認めた(p<0.05)。一方、圧刺激による介入前後では、有意な差が認められなかった(p>0.05)。【考察】 本研究では、MTAによる介入において有意水準5%未満で有意に施行後のTAMAXとTAMENの増加が認められた。また、圧刺激による介入では、施行前後のTAMAXとTAMENの有意差は有意水準5%未満でも認められなかった。以上の結果から、棘下筋の痛みを改善するMTA施行によって上腕動脈より遠位部の血流が有意に改善することが示唆された。また、棘下筋の刺激による上腕動脈の血流量は、単に圧刺激のみによる刺激では増加せず、MTAによって痛みを改善したことによるものであると推測される。また、上記の血流改善は、MTAによる棘下筋の痛み改善により、三角筋後部線維~中部線維の深層を走行する棘下筋の筋緊張が低下したため、動脈の圧迫が弱化したことによる結果であると推測される。【理学療法学研究としての意義】 現在まで、MTA施行前後における動脈血流の改善状況に関する検証は行われていなかった。本研究の結果により、MTAによる動脈血流の改善が検証できたことは、MTAには循環不全の改善効果が有るというエビデンスができたことになり、その意義は大きいと思われる。