抄録
【はじめに】 腰部骨盤帯の疼痛に対する理学療法では下肢痛を訴える患者は多く、その要因は腰部神経症状や他部位からの関連痛が混在し、原因を特定することが困難なことを経験する。そして仙腸関節由来の関連痛や異常感覚は下肢に放散し末梢神経や神経根症状によく似る傾向があると言われている。今回腰部からの右下肢神経症状による跛行や仕事動作の影響から骨盤帯アライメント不良を生じ、右仙腸関節の関連痛が出現している症例を経験した。疼痛の原因について、骨盤帯のアライメントと立ち上がり動作から考察しアプローチを行ったので報告する。【症例紹介】 症例は、10年前に腰椎すべり症の診断を受け腰痛の増悪緩解を繰り返していた元運転手の71歳男性。畑仕事や釣り後のしゃがみ姿勢からの立ち上がり動作(以下立ち上がり)にて、右下腿外側と右臀部痛を主訴に理学療法開始となった。レントゲン所見では、L4椎体の前方すべり(Meyerding分類2度)下位腰椎全体の変性がみられた。神経学的所見として、右S1領域である右下腿三頭筋の筋力低下と、右アキレス腱反射の減弱、右L5~S1領域の感覚鈍麻と痺れが生じていた。仙骨起き上がりを強制する長後仙腸靱帯疼痛誘発テスト、押しつぶし検査が陽性で右下腿外側痛が再現した。右臀部痛は、右梨状筋等尺性収縮にて再現した。骨盤帯のアライメントは、右寛骨インフレア・後方回旋位、仙骨右側屈・右回旋位、触診では右仙結節靭帯の短縮がみられた。関節可動域は、腰椎はL1/2~4/5に低可動性、L5/S1・右仙腸関節に過可動性を認め、右股関節に屈曲95°の制限がみられた。筋力は、右下腿三頭筋MMT2で萎縮を認め、触診にて右優位に臀筋群・多裂筋・腹筋群の筋収縮弱化と低緊張がみられた。立位姿勢は後方重心で、右優位の骨盤後傾位となりスウェイバックの姿勢を呈し、歩行では右立脚後期が短縮していた。立ち上がり初期の体幹前傾の相にて、右股関節の屈曲が乏しく、骨盤を右回旋しながら荷重を左側へ移動し、L5/S1の過屈曲に伴う右仙骨の起き上がりがみられた。【説明と同意】 ヘルシンキ宣言を遵守し、症例へ本発表の趣旨を説明し、同意を得ている。【経過】 理学療法開始初期には、腰椎の変性や神経症状があり腰部由来の疼痛を疑いアプローチを行ったが、著明な改善は得られず、仙腸関節に着目しアプローチを行った。骨盤帯の静的・動的なアライメント調整のため、右仙結節靭帯の伸張、右多裂筋・腹筋群、胸腰筋膜の活動の促通を行った。加えて、立ち上がり動作における仙骨のうなずきを伴う運動パターン獲得のため、右腰椎、股関節屈曲可動域増大、下腿三頭筋、大殿筋の促通をしながら動作練習を行った。週1~2回の頻度で14週行った結果、右下腿三頭筋筋力の明らかな改善は認めなかったが、右股関節屈曲可動域、体幹筋群の低緊張は改善し、立ち上がり時の右下腿外側と右臀部の疼痛は改善した。立ち上がりでは、初期での右股関節屈曲が増大し骨盤帯の右回旋、右仙骨の過度な起き上がりが減少した。【考察】 右寛骨後方回旋のアライメントは、仙腸関節の右斜軸にて仙骨右側屈・右回旋位となり右側の仙骨は起き上がりが生じるとされる。また、起き上がりにより伸張される長後仙腸靱帯由来の関連痛の領域は、大腿と下腿後外側に生じるとされる。本症例も同様のアライメントをとり、そこで立ち上がりにおける右寛骨後方回旋に伴う右仙腸関節の起き上がりストレスを改善することで、疼痛の改善が得られると考えた。本症例は、仙腸関節のうなずきを制動する右仙結節靱帯の短縮が生じ、仙骨のうなずきが困難となっていたと考えた。立ち上がりにおいては、L1/2~L4/5と股関節屈曲の可動性低下により、L5/S1に過度な屈曲を強いられ、腰仙リズムにより仙骨の過度な起き上がりを生じ、長後仙腸靱帯の伸張による関連痛を生じていたと考える。また、右臀部の疼痛は、仙骨右側屈位により右梨状筋が常時伸張位となり、収縮時痛を生じていたと考える。非対称的な姿勢、跛行などが非対称的な骨盤アライメントを固定化する原因となるとされる。経過から考察すると、元職業が運転手であり骨盤後傾位での運転姿勢の継続、後方重心の立位姿勢、右S1神経症状である下腿三頭筋の筋力低下による歩行時右立脚後期が短縮した跛行を長年続けていたことで、上記不良アライメントの固定化に至り疼痛が生じたと考える。【理学療法研究としての意義】 本症例を通して、腰部疾患に対する理学療法は、疼痛の鑑別のみならず仙腸関節、股関節も含めた障害像と関連性を明確にし、アプローチを行う必要性があることを再確認できた。