理学療法学Supplement
Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
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一般演題 口述
維持血液透析患者が歩行動作に困難感を生じないために維持すべき運動機能について
箕輪 俊也忽那 俊樹松沢 良太志真 奈緒子石井 玲室内 直樹阿部 義史米木 慶清水 絵里香松永 篤彦
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p. Da0319

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抄録
【はじめに、目的】 維持血液透析(HD)患者の多くは,歩行動作が自立しているものの,歩行動作に自覚的困難感を有していると報告されている.とくに,HD患者の約6割が1kmを連続して歩行する際に自覚的困難感を有すると指摘されているため,週に3回の外来通院が困難となり,ひいては日々の生活範囲や身体活動量を自ら制限している可能性がある.一方,HD患者の歩行動作における自覚的困難感には,下肢筋力,バランス機能および歩行能力などの運動機能が関連していることが示されている.そこで,歩行動作の自覚的困難感を軽減させるためには,HD患者の運動機能を高く維持させることがHD治療の一環として非常に重要となる.しかし,HD患者は運動機能だけでなく習慣的に運動を実施する意欲も低下しているため,運動機能の目標値を高く設定するよりも,運動機能がある値よりも下回ると歩行動作が極めて困難になるという下限値を具体的に示す方が有用と思われる.そこで本研究は,HD患者が維持すべき運動機能の下限値を示すために,運動機能と歩行動作における自覚的困難感の関係を横断的に検討した.【方法】 対象は,透析クリニックへの外来通院が自立しているHD患者153例(年齢68±9歳,女性77例,HD期間8.4±8.3年)とした.運動機能測定の実施前3ヶ月間に入院や病態の悪化があった患者および併存疾患に伴う機能障害や認知症等により運動機能測定の遂行が不可能な患者は,対象から除外した.また,HD患者移動動作評価表(小澤ら.2010)を参考にして,対象を1kmの連続歩行において自覚的困難感を有する困難群と有さない非困難群の2群に分類した.患者背景因子として年齢,性別,HD期間,body mass index,血清アルブミン値,ヘモグロビン値,HD導入原疾患および併存疾患(糖尿病,心大血管疾患,整形外科疾患)の有無を診療記録より調査した.運動機能として10m最大歩行速度(歩行速度),等尺性膝伸展筋力およびfunctional reach(FR)を測定した.運動機能が歩行時の自覚的困難感の有無に及ぼす影響を検討するために,ロジスティック回帰分析を用いた.さらに,Receiver Operating Characteristic curve(ROC曲線)を用いて運動機能から歩行時の自覚的困難感の有無が判別可能か否かを検討し,そのカットオフ値を算出した.なお,統計解析にはSPSS11.0Jを使用し,有意水準は危険率5%とした.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は,北里大学医療衛生学部研究倫理審査委員会の承認を受けて実施した.【結果】 困難群は95例(62%),非困難群は58例(38%)であり,困難群は非困難群と比較して有意に高齢で,心大血管疾患を併存している割合が高かった(P<0.05).患者背景因子で調整後のロジスティック回帰分析において,歩行速度とFRは歩行時の自覚的困難感の有無に対して独立した予測因子であった(歩行速度:オッズ比0.95,95%信頼区間:0.92-0.98.FR:オッズ比0.87,95%信頼区間:0.78-0.96.それぞれP<0.01).歩行速度とFRにおけるROC曲線の曲線下面積は,ともに0.80であった(P<0.001).陽性的中率(カットオフ値を下回った者のうち,自覚的困難感を有する者の割合)が100%の中で陰性的中率(カットオフ値を上回った者のうち,自覚的困難感を有さない者の割合)が高値である値をカットオフ値とすると,歩行速度とFRのカットオフ値はそれぞれ72m/分(陰性的中率53%)と24cm(陰性的中率44%)であった.【考察】 ロジスティック回帰分析とROC曲線の結果から,歩行速度とFRはHD患者が1kmを歩行する際に生じる自覚的困難感を予測する因子であることが示された.健常高齢者や心血管疾患患者を対象とした先行研究において,歩行能力やバランス機能は移動動作に関する日常生活動作を予測する強力な因子であることが報告されている(森尾ら.2007,Sinkai S et al.2007,Wennie Huang WN et al.2010).そのため,HD患者においても歩行動作の際に生じる自覚的困難感の予測因子として歩行能力とバランス機能が抽出されたのは妥当であると考えられた.ただし,本研究で示された運動機能のカットオフ値は,この値以下になると1kmを歩行する際に極めて高い確率で自覚的困難感を有するということを示しているものの,この値以上になれば自覚的困難感が消失することは保証していない.したがって,本研究から得られたカットオフ値を下回るHD患者に対しては優先的に運動療法を開始して運動機能の改善を図るべきだと考えられるが,カットオフ値以上を達成したとしても自覚的困難感が出現する原因を継続して検討し,運動療法プログラムを組み立てる必要がある.【理学療法学研究としての意義】 HD患者が歩行動作を行うにあたって極めて高い確率で自覚的な困難感を生じる運動機能の下限値を具体的に示したことは,運動療法を介入すべきHD患者を優先づける際の一つの指針となり得る.
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© 2012 公益社団法人 日本理学療法士協会
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