理学療法学Supplement
Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
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一般演題 口述
末梢神経障害の併存が維持血液透析患者のバランス機能に及ぼす影響
阿部 義史松永 篤彦松沢 良太室内 直樹箕輪 俊也石井 玲清水 絵里香志真 奈緒子米木 慶吉田 煦
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p. Da0322

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抄録
【はじめに、目的】 維持血液透析(HD)患者の運動機能は、同年代の地域在住者と比べて約7割に低下しており、特にバランス機能の低下が著しいことが報告されている(逸見,他.2009)。しかし、HD患者のバランス機能を低下させる原因については未だ不明な点が多い。特に、HD患者は変形性関節症や脊椎症といった姿勢のアライメントに直接影響を与える運動器疾患の罹患以外に、糖尿病や尿毒症等に起因する末梢神経障害を多く有しているが(Bartnicki P,et al.1997)、末梢神経障害の合併がHD患者のバランス機能に及ぼす影響については十分な検討がなされていない。そこで本研究は、末梢神経障害の合併がHD患者のバランス機能に及ぼす影響を明らかにすることを目的とした。【方法】 歩行が自立している外来HD患者103例(68±8歳、女性47例)を対象とした。除外基準は過去1年以内に入院歴がある者、脳血管疾患による運動麻痺と感覚麻痺を呈する者、重度の視覚障害者、下肢切断者および認知症を有する者とした。測定項目は、患者背景因子として年齢、性別、HD期間、Body Mass Index、血清アルブミン値、ヘマトクリット値およびHD導入の原疾患を診療記録より調査した。バランス機能の測定には身体の重心を前後左右4方向に移動した際の重心動揺面積から算出した姿勢安定度評価指標(IPS、望月久.2000)、片脚立位時間(OLS)およびFunctional Reach(FR)を調査した。末梢神経障害はアキレス腱反射(打腱器)、振動覚(音叉、128Hz)および触圧覚{10g(5.07 Semmens-Weinstein)モノフィラメント}を評価し、アキレス腱反射の異常(低下・消失)に加えて振動覚の異常(内踝の振動知覚時間が10秒以下)もしくは触圧覚の異常(10gモノフィラメントが知覚不可能)を認める場合を末梢神経障害有りと判定した。さらに運動器疾患の罹患によってバランス機能に影響を与える可能性がある筋力(等尺性膝伸展筋力)と関節可動域(膝関節伸展、足関節背屈、第1中足趾節関節伸展)を調査した。統計解析は、バランス機能を従属変数、患者背景因子、筋力、関節可動域および末梢神経障害を独立変数とした重回帰分析を行った。さらに、重回帰分析の結果から抽出された因子がバランス機能に与える影響の程度について検討した。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は、北里大学医療衛生学部研究倫理審査委員会の承認を得て実施した。【結果】 HD患者のバランス機能を低下させる因子を検討した重回帰分析の結果、IPSでは年齢と末梢神経障害(R2=0.34、P<0.01)、OLSでは年齢と末梢神経障害(R2=0.26、P<0.01)、FRでは年齢、筋力および末梢神経障害(R2=0.39、P<0.01)が抽出された。重回帰分析の結果から年齢と末梢神経障害の因子が共通して認められたことから、65歳未満と65歳以上に分けて末梢神経障害の影響をみると、65歳未満で末梢神経障害を有するHD患者のIPS(1.0±0.4)、OLS(29.0±29.3秒)およびFR(30.3±3.4cm)は末梢神経障害を有さないHD患者と比べて、それぞれ8割、7割および8割に低下していた。一方、65歳以上で末梢神経障害を有するHD患者のIPS(0.6±0.4)、OLS(10.0±13.9秒)およびFR(25.7±5.8cm)は末梢神経障害を有さないHD患者と比べて、それぞれ6割、4割および8割に低下していた。【考察】 HD患者のバランス機能の低下には年齢と末梢神経障害が関与していることが認められた。一般に、バランス機能は足部の感覚機能の影響を受けるとされており(Simoneau GG,et al.1994)、末梢神経障害の合併による足部の感覚機能の低下がHD患者のバランス機能を低下させる原因の一つと考えられた。また、末梢神経障害によって足趾の変形や皮膚の状態の悪化が惹起され、足部への荷重の不均衡が生じることが(Breusch SJ,et al.2000)、バランス機能を低下させている可能性が考えられた。HD患者のバランス機能は末梢神経障害を合併することで末梢神経障害を有さないHD患者の4~8割までに低下するが、その低下率は65歳以上の高齢HD患者のほうが65歳未満のHD患者と比べて大きいことが認められた。望月(2004)は、屋外歩行自立レベルにある地域在住者のIPSの平均値は1.6と報告している。本研究で得られた末梢神経障害を有する65歳未満ならびに65歳以上のHD患者のIPSの平均値はそれぞれ1.0と0.6であったことから、末梢神経障害を有すると屋外歩行レベルに必要なバランス機能を大きく下回ると考えられた。本研究では対象を外来通院が自力で可能なHD患者に限定したが、屋外歩行が自立していても、移動時に困難感が生じている、もしくは転倒の危険性が高い状態にある可能性が考えられた。【理学療法学研究としての意義】 HD患者の運動機能の中でも特にバランス機能の低下が大きいことから、その原因を明確に捉えることは適切な運動療法プログラムの立案、日常生活指導ならびに転倒予防などの疾患管理につながると思われる。
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© 2012 公益社団法人 日本理学療法士協会
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