抄録
【はじめに、目的】 肺気腫に対する肺容量減少術(Lung Volume Reduction Surgery:LVRS)において,呼吸リハビリテーション(呼吸リハ)は必須項目とされているが,最適な方法論は未だ明確にされていない.一般的には術前呼吸リハの期間は6~12週間の報告が多いが,当院では術前から術後までを一貫して入院中に短期集中的に行っている.今回,我々の呼吸リハプログラムの実現可能性と有用性について検討したので報告する.【方法】 1999年1月から2006年1月までに当院にて両側LVRSと呼吸リハを実施した肺気腫患者22名(胸骨正中切開:8例,胸腔鏡下:14例,平均年齢67.6±7.2歳)を対象とした.術前呼吸リハは,入院後直ちに開始し,理学療法士による監視下でのトレッドミルを用いた漸増運動療法(30分間/日、5日/週)を中心に行った.強度設定は自覚症状(修正Borgスケール≒6)に基づいてトレッドミル設定を毎回調整した.術後は手術翌日から肺合併症予防のための呼吸理学療法と早期離床を中心に行い,胸腔ドレーン抜去の有無に関わらず歩行可能となり次第,リハビリ室での術前の漸増運動療法を低負荷から再開した.主要評価項目は,プログラム参加率と有害事象による実現可能性と安全性とし,副次評価項目は,入院時,術前リハ後,術後リハ後における肺機能と運動耐容能とした.統計処理にはWilcoxon符号付順位和検定を用い,有意水準は5%とした.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は対象者全員に十分な説明を行い,同意を得た上で呼吸リハを実施し,倫理的配慮に基づきデータを取り扱った.また,当院の研究審査委員会の承認を得た.【結果】 有害事象を伴うことなく,全例が我々の呼吸リハプログラムを完遂した.術前,術後,全体の入院期間の中央値はそれぞれ,2.7週間,4.7週間,8.3週間で,プログラム参加率の中央値はそれぞれ,89.1%,95.1%,92.1%であった.術後合併症発症率は9例(肺炎:5例,7日以上のエアリーク遷延:4例)であった.肺機能検査に関しては,術前リハ後と比較し,術後リハ後において努力肺活量を除く全項目で有意な改善を認めた.6分間歩行試験及びトレッドミルでの症候限界性運動負荷試験結果による運動耐容能の変化に関しては,入院時と術前リハ後との比較では、6分間歩行距離(6MWD):434.2±87.5 → 470.4±79.5m、運動持続時間(TET):11.1 ± 4.8 → 14.7 ± 4.1minと有意な改善を認めた(p=0.004, p<0.001).術後リハ後は,6MWD:460.0 ± 86.5m,TET:13.5 ± 4.7minであり,術前リハ後との有意差なく運動耐容能を維持させていた.【考察】 今回,入院形式で理学療法士による直接監視下で行われたため,高いadherence ratesの達成と有害事象を回避し得た.従って,LVRSに対する当院のプログラムは実現可能かつ安全であった.肺切除術後やLVRS術後においては,術前の運動耐容能低下は術後死亡率,合併症発症率と関連があるため,呼吸リハよって可及的に運動耐容能を向上させることが重要となる.一般的に慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者の運動療法では,30分以上の高強度トレーニングが推奨されているが(Maltais, 1997),そのような運動は対象患者においては困難なため,我々は10分を3セットの漸増運動療法の形式を導入した.また,負荷強度設定に関しては,修正ボルグスケールを用いて適切な強度設定が可能であるという報告があることから(Horowitz MB, 1996),今回は修正ボルグスケールを用い6点を目標に1セットずつ負荷設定を調節した.更に,運動中の酸素投与によって運動強度を更に上げられるという報告があるため(Ambrosino, 2004),全例で運動療法中に積極的に酸素投与(2~5L/min)を施した.臨床的な必要最小限の変化であるMinimal Important Differenceは,中等症~重症COPDの6MWDで+35mとされている.上記の呼吸リハの手法を用いたことにより,今回の術前改善度は+36.2mを達成できた.また,術後に関しては合併症発症率は先行研究と同等であり,術後リハ終了時まで改善した運動耐容能は維持されていた.以上のことから,今回の呼吸リハプログラムは有用であったことが示唆された.【理学療法学研究としての意義】 今回の結果はLVRS患者への呼吸リハの新たな手法となり得るだけでなく,耐術能が低い肺癌患者への術前呼吸リハとしての応用の可能性も含めて,意義あるものと思われる.