抄録
【目的】 食道癌の根治的治療の1つである食道切除術は生体への侵襲が大きく,重篤な術後合併症や身体機能低下を引き起こすなどリスクの大きい外科手術である.そのため,術後合併症や身体機能低下を予防し,早期退院に繋げることは重要な課題である.近年,厚生労働省から健康増進・生活習慣病予防などを目的とした「健康づくりのための運動指針2006」が出され,運動習慣の目安となる身体活動量(PA:Physical Activity)が大いに注目されるようになった.PAはがん領域でも注目されており,身体活動量が高いレベルにある者はがん発症リスクが低下するという報告やがん診断後であっても生存期間が延長する,再発リスクが低下するといった報告が散見される.そこで今回我々は,術前のPAは食道切除術の術後経過にもポジティブな影響を及ぼすのではないかと仮説を立て,本研究の目的を術前のPAが術後合併症発症率や在院日数,身体機能に影響を及ぼすかどうかを検討することとした.【方法】 2009年1月から2011年9月までの期間に,根治的治療として食道切除術を実施した食道癌患者50名を対象とした.同意が得られなかったもの,歩行障害を有するもの,データが欠損しているものは除外した.対象者の情報として,年齢,性別,術前BMI,術前PA,食道癌stage,術前補助化学療法の有無,リンパ節郭清の領域,合併している基礎疾患,術後合併症の有無,在院日数を電子カルテ内より収集した.PAは国際標準化身体活動質問票Short Versionを用いて評価し,術後合併症の規準はCTCAE v4.0日本語版Grade3以上とした.また,身体機能として膝伸展筋力,6分間歩行距離を術前と退院時に評価し,退院時の身体機能の指標として術前比を算出した.Holmesらの先行研究に基づき,PAが9METs・h/wk未満をLow-PA群,9METs・h/wk以上をHigh-PA群とし,各変数を群間比較した.連続変数は対応のないt検定を,カテゴリー変数はχ2検定を用いて比較検討を行った.統計学的有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には口頭および文章にて本研究に対するインフォームド・コンセントを行い,署名と同意を得ている.本研究はヘルシンキ宣言に沿った研究であり,京都大学医学部医の倫理委員会の承認を得ている.【結果】 非同意1名,歩行障害3名,データ欠損6名を除外した40名(年齢64.1±7.5歳)を最終解析対象者とした.対象者はLow-PA群とHigh-PA群ともに20名ずつに群分けされた.群間比較の結果,術後合併症発症率(Low-PA群 vs High-PA群:35% vs 0%)と在院日数(25.2日 vs 19.6日)に統計学的有意差が認められ,High-PA群において良好な結果を示した.その一方で,身体機能の術前比をはじめ,年齢,性別,術前BMI,食道癌stage,術前補助化学療法の有無,リンパ節郭清の領域,合併している基礎疾患,術前身体機能には統計学的有意差は認められなかった.糖尿病および高血圧の合併率はLow-PA群で35%,High-PA群で20%とLow-PA群で高い傾向にあった.術後合併症の内容に関しては,呼吸器合併症が1例(間質性肺炎)でその他6例(縫合不全4例,乳糜胸1例,反回神経麻痺1例)であった.【考察】 本研究の結果から,術前のPAが高いレベルにあることが術後合併症発症率を低くする可能性が示唆された.術前の年齢や身体機能などに群間で有意な差は認められなかったが,Low-PA群の方が糖尿病や高血圧などの生活習慣病を合併している割合が高い傾向にあり,これらが縫合不全などの発症率を上昇させたと考えられる.また,全対象者に同様の周術期リハビリテーションを実施しているが,High-PA群の方が運動に対する意識が高く,離床にも積極的であった可能性が推測される.このことも術後合併症予防に繋がった1つの要因であると考えられる.近年の周術期管理の進歩は目覚ましく,無気肺や肺炎などの呼吸器合併症は予防可能となってきた.今後は患者の日常の身体活動量にも目を向け,術前から「体内を良い環境に整える」ための取り組みが必要になってくるだろう.【理学療法学研究としての意義】 疾病を予防するための生活・運動指導は非常に重要である.このことは健常人に限定されたことではなく,疾病を有する患者にとっても同様である.リスクを有する患者の身体活動量を維持・改善していくためには,我々理学療法士がエビデンスに基づき適切に介入していく必要がある.本研究はこのような新たな視点を示した点で意義深く,重要な研究である.