抄録
【はじめに、目的】 心臓外科手術後の理学療法は、多くの施設で「心血管疾患におけるリハビリテーションに関するガイドライン(日本循環器学会)」の進行例を基本に実施されているのが現状と思われる。このガイドラインでは手術後4日から7日で病棟内歩行自立ならびに階段昇降可能を目標としている。近年、手術の低侵襲化や術後管理の進歩に伴って心臓外科手術後の早期離床が定着し、より早期に病棟歩行が自立して早期退院に至る症例が増えているが、その一方で、超高齢者や複合疾患合併例に対しても積極的に手術が行われるようになり、対象者は二極化して理学療法プログラムにも変化が求められていると思われる。本研究の目的は、急性期病院における心臓外科手術後患者に対する理学療法の過去10年間の経年的変化を比較検討するとともに、今後の理学療法プログラムについて再考することである。【方法】 対象は、当院にて2000年、2005年、2010年の3期間に心臓外科手術を受けたのち理学療法が施行された症例とした。それぞれ174例(63.6±11.8歳)、194例(63.7±11.0歳)、274例(66.7±10.8歳)であった。診療録より年齢などの基礎項目、手術状況(術式、体外循環時間、大動脈遮断時間など)、理学療法進行状況について後方視的に調査するとともに、心臓外科手術後9日以内に病棟歩行が自立した症例を順調例、10日以上要した症例を遅延例と定義して、2000年群、2005年群、2010年群の3群間で比較検討した。解析は、各測定値の群間の比較には一元配置分散分析および多重比較検定(Tukey-KramerのHDS検定)を用いた。いずれの解析も危険率5%を有意水準とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は、当院倫理審査委員会の承諾を受けて実施した。【結果】 1)基礎項目や手術侵襲等の比較 患者年齢は3群間で有意な差を認め(p<0.01)、2000年群から2005年群、2010年群と年を経るごとに高値を示した。順調例と遅延例に分けて比較すると、遅延例の体外循環時間、大動脈遮断時間は3群間で有意な差を認め(各p<0.01)、年を経るごとに高値を示した。遅延例の年齢は、2000年群67.1±8.5歳、2005年群68.4±10.9歳、2010年群70.0±9.5歳であり、統計学的には差を認めなかったが年々高くなる傾向にあった。手術様式は、年を経るごとに全体の手術に占める冠動脈バイパス術件数が減少し(各57.5%、36.1%、31.0%)、弁置換術(各26.4%、42.3%、47.4%)や複合手術例(各0%、4.6%、6.9%)が増えていた。2)理学療法進行状況に関する比較 各群における順調例の割合は、2000年群88例(50.6%)、2005年群108例(55.6%)、2010年群145例(53.0%)であった。順調例における病棟歩行自立までの日数は、3群間で有意な差を認め(p<0.01)、2000年群7.2±1.3日、2005年群6.8±1.2日、2010年群6.4±1.3日と年々早くなっていた。一方、遅延例における病棟歩行自立までの日数は、2000年群15.3±8.4日、2005年群17.9±10.6日、2010年群17.7±8.4日であった。また、遅延例のうち病棟歩行自立に至らなかった症例の占める割合は、2000年群23.3%(20/86例)、2005年群37.2%(32/86例)、2010年群40.3%(52/129例)と年を経るごとに増加していた。3)遅延理由について 2000年群は心房細動や心房粗動などの不整脈(36.0%)が最も多い理由であったが、2005年群、2010年群では高齢やもともとのADLが低いという理由で遅延した症例が最も多かった。【考察】 心臓外科手術後の離床進行については年々早期化しているとの報告がある。当院でも、10年前と比較すると順調例においてはより早期に離床が進む結果となっていた。心臓外科手術や周術期の管理技術の進歩に伴い、全体に占める順調例の割合が増加することが推測されたが、対象者の高齢化や複合手術の増加などを背景に年々歩行自立に至らない症例が増えていた。今後、高齢の対象者がさらに増えると予想されることから、ガイドラインの進行例の適応とならない症例を速やかに分類し、個人の身体機能や生活環境に特化した個別プログラムの提供を推進する重要性が示唆された。【理学療法学研究としての意義】 同一施設での過去10年間の心臓外科手術後の理学療法の帰結について調査し、その変化を示した。治療技術や管理技術の進歩が目覚ましい現状での結果を過去と照らし合わせることでより時代に即した離床プログラムの再考につながるものと思われ、また他施設に対しても有用な情報提供になるものと考えられる。