抄録
【はじめに、目的】 多くの慢性心不全(CHF)で合併する腎機能障害は、心不全発症後の予後規定因子であることが明らかにされている。近年、CHFに対する運動療法の効果が多く報告され運動療法は強く推奨されるようになったが、腎機能障害を合併しているCHF患者に対しての運動療法は腎機能を悪化させるという懸念から避けられる傾向にあった。本邦ではCHF患者の運動療法が腎機能に及ぼす影響についての報告はまだないのが現状である。そこで本研究での目的はCHFに対する運動療法の継続が腎機能に及ぼす影響について検討することとした。【方法】 対象はCHF急性増悪により当院で入院治療後、運動療法初回時に心肺運動負荷試験(CPX)を行ったCHF患者62例(平均年齢62.6±9.7歳)とした。対象者を当院にて3ヵ月間週2回以上継続的に外来心臓リハビリテーションに参加し運動療法(CR)を実施したCR群37例(平均年齢62.7±9.0歳)、CRに参加していないnon-CR群25例(平均年齢63.0±10.8歳)に分類した。運動初回時と3ヵ月時に採血とCPXを行い、3ヵ月間の腎機能と運動耐容能の変化率を算出した。腎機能の評価指標として推定糸球体濾過量(eGFR)を用いた。運動耐容能の指標はCPX結果より嫌気性代謝閾値(AT)、最高酸素摂取量(peak VO2)を算出した。また、投薬内容、左室駆出率(LVEF)、脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)、冠危険因子の有無やラボデータについてはカルテにて後方視的に調査した。統計学的解析方法は、性別、投薬内容、冠危険因子の有無についてはχ2検定を用いて2群間比較した。初回と3ヵ月のeGFR、AT、peak VO2を対応のあるt検定を用い各群で比較し、初回と3ヵ月ではeGFR、AT、peak VO2を対応のないt検定で2群間比較した。各群の3ヵ月間のeGFR変化率とATおよびpeak VO2変化率との関連をピアソンの相関係数を用いて比較検討した。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究にあたり、患者に対して事前に研究の主旨、内容を説明し同意を得て実施した。【結果】 年齢、性別、投薬内容、LVEF、BNP、冠危険因子の有無やラボデータ、運動初回時のeGFR、AT、peak VO2については両群間に有意差は認められなかった。各指標の比較(初回vs.3ヵ月)で、non-CR群では有意な改善は認められなかったが、CR群のeGFRで45.2±15.3 vs.56.3±17.9 ml/min/1.73m2(p<0.05)、ATで10.0±2.9 vs.12.6±3.5 ml/min/kg(p<0.01)、peak VO2で13.9±4.0 vs.17.8±5.1 ml/min/kg(p<0.01)となり、CR群のみ3ヵ月目のeGFR、AT、peak VO2がnon-CR群に比べ有意に高値を認めた。また、初回と3ヵ月の変化率(CR群 vs.non-CR群)の比較はeGFRで129.2±29.0 vs.92.6±16.7 ml/min/1.73m2(p<0.01)、ATで133.8 ±54.1 vs.103.7±35.9 ml/min/kg(p<0.05)、peak VO2で127.6 ±24.2 vs.104.1±31.6 ml/min/kg(p<0.01)となり、CR群で有意に変化率が高かった。また、CR群ではeGFR変化率とAT変化率(r=0.52、p<0.01)、eGFR変化率とpeak VO2変化率(r=0.34、p<0.05)に正の相関関係を認めた。【考察】 本研究より、CR群において運動療法3ヵ月の継続後eGFR、AT、peak VO2が改善した。先行研究より心不全患者では運動療法によって輸出細動脈の拡張、交感神経やレニン・アンジオテンシン・アルドステロン(RAA)系の抑制が生じ腎保護に働くと考えられている。以上より、CHF患者に対する運動療法は腎機能も改善することが示唆された。今後は腎機能改善に関係する因子について神経体液性因子やサイトカインなどの指標を増やし検討する必要がある。【理学療法学研究としての意義】 以前では腎機能障害を合併しているCHF患者の運動は避けられていた。しかし、今回の研究により運動療法は腎機能障害を改善する可能性が示唆された。今後、さらに運動療法と腎機能の直接的な関係が明らかになれば、CHF患者に対する運動療法がより重要であることを示す一助になると考えられる。