抄録
【はじめに、目的】 延髄外側梗塞で呼吸中枢が障害された症例は重症化し、死亡例も多い。生存しても自律性呼吸困難により人工呼吸器管理を余儀なくされる。このような例に対する報告は少なく、呼吸器離脱に理学療法士が積極的に介入した報告はほとんどない。 今回人工呼吸器を利用しながら随意性呼吸を促通し、呼吸器離脱が可能となった症例を報告する。尚、経過が長期にわたるため、呼吸理学療法を開始してから呼吸器離脱が得られるまでの期間を中心に報告する。【方法】 症例報告【倫理的配慮、説明と同意】 症例及び御家族に対し、文書にて説明と同意を得ている。【結果】 診断名:クモ膜下出血・延髄梗塞 。年齢:48歳 性別:男性 。現病歴:0病日;クモ膜下出血発症、右椎骨動脈乖離(コイル塞栓術施行)、右小脳・右延髄外側梗塞・右視床梗塞発症。3病日;気管切開術施行、理学療法開始。6病日;左延髄外側梗塞発症・血管拡張術施行。196病日;転院。 呼吸理学療法を開始するまでの呼吸機能は、ほぼ呼吸器に依存しており設定はPC-SIMV, FIO2:0.35,f:12回/分,PS:0cmH2O,PEEP:7cmH2Oであった。理学療法は離床やROM訓練、筋緊張の調整を中心に実施し、モニター上も呼吸状態に変化はみられなかった。30病日前後より訓練場面で、換気リズムの不整・フロー波形や一回換気量(VT)・換気回数(RR)の変化などがみられ、自律性呼吸の出現を疑わせた。理学療法士が検査を依頼し、自律性呼吸が確認されたため、設定をBIPAP,FIO2:0.35,f:15回/分,IPAP:15cmH2O,EPAP:7cmH2O,フロートリガー:3.0L/分に修正した。 呼吸理学療法介入時(32病日)は意識清明、両片麻痺、重度失調、顔面麻痺、感覚障害あり。 基本動作は重介助、車いす移乗は6人介助で乗車時間は約5分間であった。 意識清明であることと、不十分でも自律性呼吸があることを考慮し、安定した随意性呼吸が獲得できれば短時間でも呼吸器離脱は可能で、移乗動作や更衣の容易さにつながると考えた。はじめの目標は長期間呼吸器に依存していたため、まずは呼吸をするという感覚を学習することとし、呼吸器モニターのフロー波形で視覚的フィードバックを利用した。努力性呼吸の程度やVTを見ながら実施し、RRやBorgで疲労度を測り、過換気や低換気にならないようEtCO2に注意した。開始時は随意性呼吸の再現性が乏しく、呼吸は努力性で、横隔膜の働きは低下していた。 呼吸訓練開始から8日目頃にはEtCO2は30~70mmHg、VTは200~700mlとバラつきがあったが、再現性のある随意性呼吸が1~5回/分可能になった。そこで、次の目標を持続的な呼吸の獲得とし、1分間から徐々に時間を延長した。 21日目頃には5分間程度の随意性呼吸が持続可能となり、RRは10~20回/分、VTが500~700ml前後で安定したが、体動時のRRは容易に30~40回/分となった。そこで目標を動作時にも安定した呼吸ができることとし、換気とROM訓練のタイミングを合わせることから始めた。また、呼吸訓練とコミュニケーション手段の獲得を目的に、吸入ポートからの酸素流入を利用した発声訓練を提案して実施した。 45日目頃には立位などの動作場面でもVT500~800ml、RR約20回/分、EtCO2は40mmHg前後で安定、努力性呼吸も減少したため、日中の呼吸器離脱が可能となり、歩行訓練を導入した。【考察】 一般的に呼吸中枢が障害されると呼吸機能の回復は困難だが、脳梗塞の場合、障害部位に経時的変化が起こる可能性はある。その変化をとらえるために理学療法士は身体評価とモニター評価の両知識が必要であり、その重要性が示唆された。また、長期間の呼吸器依存による廃用を考慮し、達成可能な短期目標を段階的に設定したことが症例の達成感を得、訓練継続につながったと考えられた。訓練方法としてモニターで視覚的にフィードバックすることは、症例自身がタイミングや換気量の加減が理解しやすく、CO2をモニターすることで低換気や過換気のリスクも回避できたと考えられた。 本症例のように呼吸離脱過程において、その変化をとらえ、状況に応じて目標を設定し、訓練を実施することは理学療法士だからこそできると考えられた。【理学療法学研究としての意義】 延髄外側梗塞で呼吸中枢が障害されても自律性呼吸が回復した症例を経験した。短時間でも呼吸器の離脱で得られるものは大きく、理学療法士としては可能性が認められれば取り組む価値がある。