抄録
【はじめに、目的】 理学療法士・作業療法士・言語聴覚士の吸引行為が一定の条件下で可能になり、各職種は現職者に対する講習会開催や個人受講、臨床現場環境に合わせた組織ごとの対応など、混乱しながら進んでいるのが現状である。そして臨床現場側からは、卒前教育に対し知識確保や能力養成の期待、逆に安易な理解から行為に及ぶ課題も指摘の声がある。しかし卒前教育において、吸引に関連する授業の提供の有無、提供する際の程度、範囲などについて明確なものは無く、吸引実技実習の位置づけもまた明瞭ではない。よって全国的な実態や傾向を調査し一覧させた上での検討が必須であると考える。現在文科省ホームページに掲載されている理学療法士・作業療法士・言語聴覚士の養成課程を持つ全学校に対し、吸引に関する授業の実態を調査し検討している。これは卒前教育上の課題や問題点を明らかにする目的である。当学会ではその内理学療法士の卒前教育における (A) 吸引教育機会の提供有無と提供時間 および実技実習状況と提供時間、実技実習時間/教育時間の割合、(B) 吸引教育は卒前か現場か?の意識調査、(C) 学生への提供範囲の指向について報告する。【方法】 理学療法士教育課程を持つ学校230校に郵送によるアンケート調査を行った。内容はガイドライン普及に対する調査4項目と利用状況および提供する吸引授業の実態調査14項目である。今回吸引授業の実態調査のうち4項目について、返送回答のあった110校(回収率47.8%)に対し単純集計を行い検討した。また学校区分による違いの検討のため、学校を文科省区分に準じ専修学校、大学、その他に区分し、専修学校と大学に対しχ2検定を行った。また吸引教育授業提供の有無に関わらず、吸引教育の開始時期と学生への提供範囲の2項目について単純集計を行った。【倫理的配慮、説明と同意】 調査結果の集計や分析は全てコンピュータ処理し、個々機関の内容が外部へ漏えいすることは無いことを文章にて説明し、回答および研究者への返送にて同意とした。当研究は所属大学倫理委員会にて認可されている。 【結果】 回答のあった110校の区分は専修学校65校(59.0%),大学43校(39.0%)、その他2校(2%)であった。(A) 吸引授業提供の有無と実技実習導入は、専修学校と大学において有意差はなく、同様の傾向であることが窺われた(吸引授業p=0.199、実技実習導入p=0.213)。また吸引授業時間(p=0.135)と実技実習時間(p=0.098)も同様の傾向であった。よって抄録では専修学校、大学、その他学校を合わせた結果を表示し、提供時間については2位までの結果を表す。吸引授業を行っている学校は76校(69.1%)、その内授業提供時間は3時間が最も多く34校(44.7%)、次いで1.5時間25校(32.9%)。上記76校中実技実習を導入している学校64校(84.2%)で、1.5時間29校(45.3%)、次いで30分11校(17.2%)であった。実技実習時間/教育時間は1.5時間/3時間が23校(35.9%)、30分/1.5時間が9校(14.1%)であった。(B) 吸引教育の開始は卒後現場の範疇か?卒前教育から開始するか?の意識調査では、卒前教育から始めるが81校(73.6%)、現場教育の範疇であるが16校(14.5%)であった。(C) 学生への提供範囲は紹介レベル授業33校(30%)、実技を含めるべき71校(64.5%)、提供範囲は決めないでよい4校(3.6%)であった。【考察】 吸引教育の開始が卒前教育時からという結果は、国の施策や協会の指針に合致するものである。ただし吸引の授業あるいは実技に費やす時間結果から、その提供程度は重点的に吸引実践力の啓発というレベルでは無いと思われる。学生への卒前教育範囲の意識結果でも、実技を含める意見は多いが、実際に費やす時間は少ない。これらから現時点で吸引に関する卒前教育の実情のいくつかとして、卒前時から教育の開始は行う、授業の中に実技実習は入れる、実技および授業の提供時間は多種に及ぶが1.5時間/3時間、30分/1.5時間の傾向が高い、がいえる。また卒前の吸引教育提供範囲は薄く程度を紹介あるいは経験とし、就業後の現場での習得に期待がかけられているとした傾向が示唆されている。今後理学療法士に限らず、作業療法士、言語聴覚士の卒前教育提供範囲を、ガイドライン策定グループや各協会は方針として入れ込んでいく必要性があると考えられる。【理学療法学研究としての意義】 理学療法士の行う吸引行為の安全かつ適切な普及のために卒前教育がどのような役割を担い活用できるかの調査と検討であり、次代のセラピストへの技術向上に影響を与える。本研究は厚生労働省科学研究費補助金(障害対策総合研究事業)を受け実施した研究の一部である.