抄録
【はじめに、目的】 心疾患患者は低強度の運動でも交感神経活動亢進や過剰な心拍数(HR)上昇を示す場合がある.また副交感神経活動は運動不足で低下し,運動習慣の有る者ほど副交感神経活動の増加がみられる.一方,副交感神経活動は呼気時に上昇し吸気時に低下する.呼気延長呼吸を導入した運動は,副交感神経活動増加,HR減少,自覚的運動強度(RPE)減少を促すため,心疾患患者に適している可能性が示唆されている.しかし呼気延長呼吸の効果が運動能力の影響を受けるか否かについての研究は見受けられない.本研究では運動能力,特に全身持久力の高い者は,呼気延長呼吸を行うことで副交感神経活動の増加を介したHR上昇の抑制がみられRPEも減少すると仮説立てし,検証するため以下の実験を行った.【方法】 対象は健常男子学生20名(年齢:21.7±1.3歳,身長:170.9±6.0cm,体重:61.1±6.9kg,BMI:20.9±1.8kg/m2,平均値±標準偏差)とした.事前に呼気ガス分析装置(AR-1 O2郎,アルコシステム社)を用いて症候限界性心肺運動負荷試験を実施した.全身持久力の指標として最高酸素摂取量(peakVO2)を求め,嫌気性代謝閾値(AT)を算出した.peakVO2が20代男子の平均値(42.7±7.3 ml/kg/分)より高い10名をH群,低い10名をL群とした.自転車エルゴメータ(AEROBIKE710,Combi社)上で自然呼吸による10分間の安静座位後,60%AT強度で15分間運動(ペダル回転数:60回/分)を行った.運動後は自然呼吸による5分間の安静座位を保った.運動は2種類の呼吸様式(自然呼吸,呼気延長呼吸)で各1回,別日に実施した.呼気延長呼吸は呼吸数を一定に保つために1呼吸周期を6秒間とし,吸気と呼気の比が2秒対4秒となるよう電子メトロノーム(DM100,SEIKO社)を用いた.実験中はメモリー心拍計(LRR-03,GMS社)を用いてHR及び心拍変動を随時測定した.また運動中はBorg Scaleを用いてRPEを1分毎に測定した.心拍変動からMemCalc(TARAWA,GMS社)を用いて周波数解析を行い,高周波成分(HF)及びR-R間隔変動係数(CVRR)を副交感神経活動,低周波成分(LF)とHFの比(LF/HF)を交感神経活動の指標とした.この際HF,LF/HFを常用対数化しlogHF,logLF/HFを算出した.各測定項目の1分毎の平均値を算出した.統計学的解析はSPSSを用いた.身体特性はt検定,HR,HF,LF/HF,CVRRは二元配置分散分析,RPEはKruskall-Wallis検定を行った.またHRとHF,HRとLF/HF,HRとCVRR間でPeasonの相関分析を行った.有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】 神戸大学大学院保健学倫理委員会により承認を得た.対象者には事前に説明し書面にて同意を得た.【結果】 下記の内,呼吸に関する解析では代表値として運動開始後15分値を用いた.1)H群のpeakVO2がL群より有意に高く(49.8±4.6ml/kg/分,35.8±4.3ml/kg/分,p<0.05),その他の身体特性において有意差を認めなかった.2)両群とも自然呼吸と比べ呼気延長呼吸において運動時のlogHFは有意に高値(H群自然呼吸:1.1±0.3,H群呼気延長呼吸:2.3±0.4,L群自然呼吸:1.2±0.1,L群呼気延長呼吸:2.1±0.3(以下,同順に表記))を示した.CVRRは呼気延長呼吸において,有意に高値(2.4±0.2%,4.4±0.6%,2.2±0.2%,3.4±0.3%)を示し,logLF/HFは有意に低値(0.6±0.3,-0.03±0.2,0.5±0.1,-0.2±0.1)を示した(いずれもp<0.01).3) RPEは呼吸様式において有意差を認めなかった(11.1±0.7,11.1±0.4,9.6±0.7,9.1±0.5).HRは同様に有意差を認めなかった(110.4±2.3回/分,106.0±2.7回/分,111.4±1.8回/分,112.0±1.9回/分)が,H群で呼気延長呼吸によりHRの上昇を抑制する傾向がみられた.4)H群のHRとHF,HRとCVRR間に有意な負相関を認めた(それぞれr=-0.5844,p<0.01,r=-0.7211,p<0.01).しかしL群では有意な相関は認めなかった.【考察】 (1)結果2)より60%AT強度での呼気延長呼吸は,健常人である場合は全身持久力の程度に関係なく副交感神経活動を賦活化させ,交感神経活動を抑制すると考えられた.(2)結果3),4)より全身持久力の高い者は副交感神経活動がHRに鋭敏に反映されると考えられた.(3)本研究では全身持久力が正常範囲内の対象者を二分したため,両群間で呼気延長呼吸によるHRとRPEに有意差はみられなかったと考えられる.しかし群間の全身持久力差が大きくなれば,高い群で有意にHR,RPEが低下する可能性が示唆された.【理学療法学研究としての意義】 1)呼気延長呼吸の導入は,持久力の低い心疾患患者に対しても運動中の副交感神経活動の賦活化をもたらし,より安全な運動が行える可能性が示唆された.2)全身持久力の高い者において,HRによる心臓自律神経活動評価に信頼性があると考えられた.