抄録
【はじめに、目的】 糖代謝異常の持続は,動脈硬化に対して促進的に作用することが知られており,糖尿病患者に多くみられる肥満,高血圧などが動脈硬化の危険因子としてあげられる.特に2型糖尿病患者においては,粥状硬化が非糖尿病患者の約2~4倍の頻度で出現し,動脈硬化性疾患の発症を決定する因子として重要である.また,動脈硬化は耐糖能異常や糖尿病発症早期の段階から出現していると言われており早期治療が肝要である.近年,動脈硬化の新たなリスクマーカーとしてLDL-コレステロール値(LDL値)とHDL-コレステロール値(HDL値)を比で表したLDL/HDL比が注目されており,動脈硬化の程度をより高い精度で評価できる指標となることが報告されている.本研究では2型糖尿病患者の動脈硬化に対する運動療法の新たな知見を見出すことを目的に,LDL/HDL比と四肢の筋肉量との関係に着目し検討を行った.【方法】 男性2型糖尿病患者63名(平均年齢58.4±11.4歳、平均罹病期間13±9.5年)で,明らかな骨・関節疾患や運動器疾患を有していない者を対象とした.筋肉量は生体電気インピーダンス方式体組成計Physion MD(フィジオン社製)を使用し,左右の上腕,前腕,大腿,下腿の筋肉量(kg)を測定した.得られた筋肉量は,それぞれ左右の筋肉量の和から体重で除した値である体重比(%)を算出した.動脈硬化の指標として,筋肉量を測定した日と同日の血液検査結果からLDL値とHDL値を抽出しLDL/HDL比を求めた.そしてLDL/HDL比が2.0未満を低値群,2.0以上を高値群とし2群に分類しそれぞれの筋肉量を比較した.その他の評価項目として対象者の背景因子(身長,体重,BMIの身体組成とHbA1c)についても調査した.統計学的解析は,それぞれのデータの正規性を確認した後に,パラメトリックデータであれば対応のないt検定を,ノンパラメトリックデータであればMann-WhitneyのU検定を行った.なお有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】 すべての対象者に対し本研究の主旨について十分な説明を行い,書面への署名によって同意を得た.【結果】 低値群は23名(平均年齢61.8±10.7歳,平均罹病期間14.5±10.8年),高値群は40名(平均年齢56.4±11.4歳,平均罹病期間12.1±8.8年)であった.各群における基本属性の比較では,身長(169.5±5.6 vs 165.5±5.6,p=0.0154),体重(78.7±16.2 vs 66.2±12.3,p=0.0019),BMI(27.3±5.2 vs 24.2±3.9,p=0.0143),HbA1c(8.7±2.3 vs 7.0±1.3,p=0.0004)において高値群が有意に高い値を示した.四肢筋肉量では,前腕筋肉量(0.88±0.11 vs 0.77±0.12,p=0.0006)と下腿筋肉量(2.64±0.41 vs 2.36±0.39,p=0.0259)において低値群の方が有意に高い値を示した.上腕筋肉量と大腿筋肉量においては有意差は認められなかった.【考察】 2型糖尿病では,全身の動脈の動脈硬化が促進され,冠動脈,脳動脈,下肢動脈などの病変は心筋梗塞や脳梗塞,下肢の閉塞性動脈硬化症など大血管症の原因となり,生命を脅かし日常生活に著しい支障をきたすことが予想される.特に虚血性心疾患や末梢動脈の循環不全の発症率は高く,虚血性心疾患の発症率は非糖尿病患者の2~3倍,糖尿病患者の死因に占める動脈硬化性血管障害の割合も年々増加傾向にある.このような経緯から,今までは動脈硬化改善目的として運動療法(主に有酸素運動)が推奨されてきたが,今回,LDL/HDL比が2.0以上の患者において,前腕部と下腿部すなわち上下肢末梢部の筋肉量が減少していることが明らかとなった.よって2型糖尿病患者における動脈硬化性疾患の予防・治療を考える際には,LDL/HDL比に留意する必要があり,さらにこれが2.0以上の者に対しては,筋肉量の増加を目的としたレジスタンストレーニングを積極的に導入する必要性があることが示唆された.本研究から動脈硬化の指標として用いられるLDL/HDL比は,2型糖尿病患者の筋肉量の変化を反映する可能性が示された.よってこの値を運動療法の評価項目の一つとして取り入れることができれば,筋肉量の変化に対するアプローチも可能になるのではないかと考える.【理学療法学研究としての意義】 LDL/HDL比は,ごく一般的な血液検査から動脈硬化の程度を簡便に評価することが可能である.この指標を利用して筋肉量を予測することは,動脈硬化に対する運動療法の意義を高めるうえで重要であると考える.