抄録
【はじめに・目的】 高齢者の下行大動脈瘤破裂の死亡率は50%に及び、外科的治療により救命しても、重篤な合併症を呈する場合が多い。しかし、合併症を呈した症例の報告は少ない。今回、下行大動脈瘤破裂に対し人工血管置換術を施行し、対麻痺などの多数合併症を呈し、術後急性期より介入した症例を経験したので報告する。【症例紹介】 70代後半、男性、身長165cm、体重63kg、病前ADLは自立。深呼吸・体動時に胸痛を認め、近医に搬送され、切迫破裂と診断。当院へ搬送され、下行大動脈瘤破裂に対し、人工血管置換術を緊急にて行われた。手術翌日、両下肢の脱力と感覚障害を認め、理学療法を開始した。【説明と同意】 評価した各種データに関しては、個人が特定されないよう十分な注意のもと学会発表等で利用させて頂くことを家族へ説明し同意を得た。【経過】 2病日の意識レベルはJCS2-20、ASIAの運動スコアは右17点、左16点、痛覚スコアは左右24点、Frankel分類Aであった。MMTは上肢3、下肢0、体幹屈曲1。血圧は140/80mmHg、PaO2/FiO2(以下P/F)は人工呼吸管理下で231.6。血液検査はHb12.2mg/dl、BUN101.8mg/dl、Cr2.27mg/dl、CRP4.59mg/dl、Alb3.9g/dl。ADLはFIM19点。強心剤を使用し血圧を維持している状態であり、日々の血圧の上下動が激しく注意を要した。理学療法介入としては、全身状態をモニタリングしながら弾性包帯を使用したベッドアップや四肢末梢運動、端座位保持を行い、体位ドレナージ・呼気介助により排痰を促し、肺胞換気を改善することで、循環応答・酸素化の改善を行い、早期離床に努めた。対麻痺に対しては荷重応答を促進するために、足底部への荷重刺激をベッド上及び端坐位にて行った。看護師にも実施可能な項目を指導した。9病日頃より敗血症を呈し循環・呼吸・腎機能等の状態が悪化、人工透析導入となりリハビリ中止となった。18病日に再開するも、術後から続く循環・呼吸不全に加え、発熱が持続したため、床上での理学療法となった。35病日、強心剤投与はなくなり、血圧は上下動が軽減し、40病日に人工呼吸器から離脱、P/F250以上を維持していた。その後は端坐位保持練習時間を延長し、荷重応答の促進、体幹・上肢機能の向上に努めた。56病日目の意識レベルはJCS1-3と改善したが、CT上、脳萎縮を認めた。ASIAの運動スコアは右21点、左23点、痛覚スコアは左右25点、Frankel分類はCであり、MMTは左下肢2、体幹屈曲2と若干の改善がみられた。血圧は95/55mmHgで自覚症状なく安定しており、P/Fは自発呼吸で355.4であった。血液検査はHb9.6mg/dl、BUN62.6mg/dl、Cr0.67mg/dl、CRP12.0mg/dl、Alb1.6g/dl。ADLはFIM29点とコミュニケーション・社会的認知の項目で若干改善したが、動作面での改善は不十分であった。【考察】 本症例は、循環・呼吸不全、対麻痺、腎不全、低栄養、意識障害を呈していた。循環不全は、離床遅延を生じる因子となり、呼吸不全は、ADL低下や遠隔期生存率を低下させる。また対麻痺は、活動量・静脈灌流量を低下させ、発生すると予後は不良である。腎不全は、貧血や感染症を助長するとされ、敗血症は、発熱・炎症による栄養状態の悪化を生じさせる。本症例は先行文献で報告されている離床遅延、機能・生命予後不良因子を多数抱えていた。対麻痺に対する理学療法は、早期より残存筋力の増強、床上動作練習、起立動作を反復して行うことがよいとされており、術後早期より看護師にも指導を行い頻回な介入になるよう工夫を行ったが、合併症により負荷量及び介入頻度は十分とはいえなかった。脊髄虚血による対麻痺の予後予測では、山本らは初回と最終評価時のFrankel分類の変化を報告しており、実用歩行が可能とされるDへの回復は、Aで0%、Bで11.1%であり、本症例においても回復は遅延した。【理学療法研究としての意義】 脊髄虚血によりFrankel分類Aの対麻痺を呈し、多数合併症を有している患者の理学療法報告は少ない。今回、急性期から全身状態をモニタリングしながら、理学療法介入を行ったが、先行文献のように動作面での改善は不十分であった。しかし、急性期からの介入はdeconditioningを予防する上で重要であり、今後は合併症を有する患者に対する理学療法の負荷量や内容について考える必要があると思われる。