抄録
【はじめに、目的】 中枢神経障害の大きな問題となる症状に痙縮がある。痙縮治療法として,2010年10月に認可されたボツリヌス治療があり,これは脳卒中治療ガイドライン2009においてもグレードAにランクされている治療法である。又痙縮に対するストレッチ,関節可動域訓練もグレードBとされ,行うように勧められている。今回,意識障害を伴い四肢に痙縮をきたし介護に難渋している四肢痙性麻痺1症例に対して,ボツリヌス治療と理学療法を併用して良好な効果が得られたので報告する。【方法】 症例は蘇生後低酸素脳症の30歳代男性。12年前に潜水事故による心肺停止で救急処置。加療,リハビリ入院後,10年前より当院外来,訪問看護・リハビリを利用。ADLは全介助。主介護者(母)の主訴は,手指・肘関節の痙縮が強く清拭や更衣に難渋。上肢が胃瘻や気切部に頻回に接触し呼吸困難,抜去が不安。又屈曲拘縮増悪も心配。ボツリヌス治療は,末梢神経刺激・筋電計装置(ユニーク・メディカル社製)を用い,8ヶ月前に左肘・手指屈筋群(一回目),5ヶ月前に右肘・手指屈筋群と左浅指屈筋(二回目),1ヶ月前に左肘・手指屈筋群と右浅指屈筋(三回目)に医師が投与。訪問リハビリは,患者が安楽に生活,かつ介護者の負担も軽減できるように,評価,ROMex,ポジショニング及び家族指導も実施。機能評価は,MAS,ROMとし,担当リハビリスタッフが,一・三回目前後の左上肢,二回目前後の右上肢を測定した。介護者の困難感の評価は,まず衛生,更衣,上肢の肢位,総合の4項目からなる「介助の難しさ(以下.介護困難感)」評価用紙を作成。次に母と介護職員に,施注前→一→二→三回目後の困難感を想起してもらい,『0』が負担なし,『100』が極めて困難,としたVASと,自由意見で回答を得た。【倫理的配慮、説明と同意】 本人,母に口頭にて説明し同意を得た。【結果】 機能評価の結果を示した。右上肢は,MAS肘屈筋3→2(二回目前→後),手屈筋3→2,ROM肘伸展-140→-40,手掌屈95→90,背屈0→45だった。左上肢は,MAS肘屈筋4→3/2→1+(一回目前→後/三回目前→後),手屈筋3→2/1+→1+,ROM肘伸展-145→-70/-25→-25,手掌屈-10→90/90→80,背屈15→65/80→70だった。左右ともに施注前後でMAS,ROMが共に改善し,左上肢では初回施注7ヶ月後の三回目施注前でも,MAS,ROM肘伸展のさらなる改善がみられた。VAS平均値は,衛生74→59→57→53(-21) (施注前→一→二→三回目後(前後差)),更衣78→75→64→64(-14),上肢の肢位90→86→74→68(-22),総合88→77→73→71(-17)となり各項目の困難感が減少した。自由意見では,「肩,肘,手が動かしやすい」「手洗い,爪切り,着替えの時間が80%程で楽になった」「肘が伸びて胃瘻,気切部の接触が減った」「力が入って苦しそうな表情が少なくなった」などが聞かれた。介護困難感はいずれも軽減を示し,特に上肢の肢位,衛生の差が大きく,同様に自由意見でも改善に関する声が多くきかれた。【考察】 ボツリヌス治療は痙縮を緩和する治療であるが,弾性低下による拘縮への直接的な効果はない(千野)。従って,症例は結合織の弾性を維持できていたため機能改善が得られたと考えられる。又ボツリヌス治療のみでは3~4ヶ月ほどで効果は失われる(千野)が,症例の左上肢は約7ヶ月持続した。施注筋をボツリヌス治療で弛緩させ,訪問リハビリ(2時間・1回/週)で筋伸張位保持のポジショニングと,母もなるべくほぼ同様に毎日実施するよう指導した。これらにより筋節長の改善(佐伯ら),伸張反射の抑制とROM改善(Hagbarthら)を得たと考えられる。機能改善とともに,主訴で聞かれた項目の介護困難感も軽減した。RCTのボツリヌス治療で介護者の負担(5段階尺度)改善を認めなかった報告もある(McCroryら)。介護の負担は,介護の身体的負担の他,不快な反応等の感情的負担や,安楽な反応等の安心感も影響すると推察される。そこで本研究では,GAS(日本語訳)を参考に主訴からADL上の問題点を挙げ,VASで介護者に評価してもらったことで,介護困難感の軽減を適切に測定できたものと考えられる。以上の結果,母から治療の満足感に関するコメントも得られた。【理学療法学研究としての意義】 ボツリヌス治療と理学療法の併用により機能維持・改善と効果持続の延長がみられた。主訴から適切に評価・測定することで介護困難感が軽減し,さらに満足感も得られた。今後は目標設定に基づいた評価の定量化等が課題である。