抄録
【はじめに、目的】 物に軽く触れること(light touch contact、以下LT)による重心動揺への影響については、Jeka やShimataniらによってその有用性が検証されている。しかし、昼間とは異なり夜間にトイレに行くときなどの暗所におけるLTの有用性については明らかにされていない。これまで、視覚と重心動揺の関係性に関する先行研究が散見され、視覚情報の正確性が重心動揺に及ぼす影響について検証されている。しかし、視覚情報がLT時の姿勢制御に及ぼす影響に関する報告は見当たらない。視覚情報が遮断されたとしても、LTによる体性感覚情報によって姿勢制御が可能であることが予想されるが不明である。本研究では、視覚情報の違いによるLT時の立位姿勢制御に及ぼす影響を明らかにすることを目的に検証を行った。【方法】 対象は若年健常者40名(平均年齢20.54±1.39歳)であった。実験環境は、照度が調整でき防音効果のある部屋を利用した。重心動揺測定機器は、win-pod(Medicapteurs社製)を使用し、サンプリング周波数は100Hzとした。重心動揺の計測は30秒間とし、日本平衡神経科学会の方法に従い計測した。計測条件は先行研究を参考に、被験者にはwin-pod上で閉脚立位とし、LTは被験者の右横に垂らした紙を、触れる力が100g以下になるように指尖で触れさせ、touchの位置は任意とした。室内の照度は日常生活を想定し、蛍光灯(300lux)と真暗(0lux)の明暗2条件とし、また、視覚条件は開眼と閉眼の2条件とした。重心動揺解析のパラメータには総軌跡長、外周面積、実効値面積を使用し、群(1)×明暗・視覚条件(4)の比較について一元配置分散分析(多重比較)を行った。なお、有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究はヘルシンキ宣言に基づいて、被験者には本研究の趣旨を十分に説明し、書面にて同意を得た後に実施した。【結果】 明条件の総軌跡長は、閉眼条件が開眼条件と比較して有意に高い値を示した(p<0.01)。一方、暗条件では有意差は見られなかった。また、開眼条件の総軌跡長は、暗条件は明条件と比較して有意に高い値を示した(p<0.01)。一方、閉眼条件では有意差は見られなかった。明条件の外周面積は、閉眼条件が開眼条件と比較して有意に高い値を示した(p<0.05)。一方、暗条件では有意差は見られなかった。また、開眼条件の外周面積は、暗条件が明条件と比較して有意に高い値を示した(p<0.05)。一方、閉眼条件では有意差は見られなかった。実効値面積については、すべての条件の間に有意差は見られなかった。【考察】 視覚情報の違いによる重心動揺の影響について検証するために、明暗・視覚の4条件の各パラメータについて比較した。その結果、明条件では総軌跡長・外周面積ともに開眼条件が閉眼条件と比較して有意に低い値を示した。また、開眼条件では総軌跡長・外周面積ともに明条件が暗条件と比較して有意に低い値を示した。これらのことから、LT時であっても明条件、開眼条件の重心動揺が小さくなることが示された。一方、暗条件ではすべてのパラメータにおいて有意差は見られなかった。先行研究において視覚情報を遮断し照度が6.0lux以内の明るさ(街灯)条件の場合、照度が低い時に働く桿体視の視覚情報が姿勢調整に関与していることから、たとえ照度が低い場合でも視覚は姿勢調整に敏感に働くことが報告されている。しかし、本実験のような暗条件の場合、開眼・閉眼条件ともに周囲を知覚するための視覚情報がすべて遮断された状態であるため、暗条件の重心動揺は開閉眼条件に無関係であることが示唆された。また、閉眼条件における重心動揺はすべてのパラメータにおいて明暗条件の間に有意差は見られなかった。閉眼条件時にはLT時であっても、自己身体と視覚から入力する外環境との相対的位置関係の情報が減少することから、閉眼条件の重心動揺は明暗条件に無関係であることが明らかとなった。 【理学療法学研究としての意義】 夜間のトイレ移動など周囲が視覚確認できない条件では、たとえLT時であっても重心動揺が大きくなることが明らかとなった。高齢者や障害者は視覚による知覚や情報処理の問題を抱えていることが多いことから、視覚情報が異なる状況下におけるLTの有用性を明らかにすることによって、高齢者・障害者の姿勢制御の問題に対してより効果的な日常生活環境を提案することができる可能性があり、本研究は理学療法研究として意義のある研究であると考える。