抄録
【はじめに、目的】 認知症患者をもつ家族は、身体的介護負担と共に、問題行動等により精神的負担も大きい。今回、重度認知症で寝たきりの患者(以下;対象者)の訪問リハビリテーション(以下;訪問リハ)を担当し、対象者への理学療法と共に、介護者に介護の方法や認知症状への対処方法を指導したところ、対象者の認知症周辺症状の軽減を図ることができた。これにより介護者の負担感も軽減し、対象者のADLも改善したので報告する。【方法】 対象者は96歳男性。要介護4。診断名は廃用症候群、認知症、心不全である。軽度の認知症はあるものの在宅のADLは自立していたが、平成20年の入院をきっかけに寝たきりとなった。平成21年12月訪問リハ開始まで介護保険サービスを受けておらず、暴言、暴力、介護抵抗等の周辺症状の出現や、昼夜逆転があった。本人、妻、長男の三人暮らしで、妻は軽度の認知障害、重度の難聴がある。主たる介護者である長男は在宅生活を続けさせたいとの意向を強く持っているが、一方、疲労感や睡眠不足等、介護が相当負担になっている実情も伺えた。サービス利用は訪問リハと共に、訪問看護・介護・入浴であった。対象者の問題行動や介護者のストレスも強かったため定期的に担当者会議を開催し支援方針の共有化を図った。また、各サービス担当者が統一した介護方法を介護者に指導できるよう介護支援専門員と共に調整した。介護者には認知症とは中核症状や周辺症状があり、介護方法や認知症状への適切な対処方法で、その周辺症状を抑えることが可能である事を訪問リハの際に説明した。対象者について、訪問開始時、認知症高齢者の日常生活自立度は4、障害老人日常生活自立度はC-1であった。上下肢はわずかに動かす事ができるが、両肘関節は拘縮しており、感覚過敏があり触れるだけで痛いと叫ぶ事が多かった。介護者に対してはZarit介護負担尺度日本語版(以下;J-ZBI)を用い、介護負担感を訪問リハ開始時と6ヶ月後に評価した。J-ZBIは全22項目から成り、項目ごとに0点~4点の5段階で評価、総得点は88点である。介護そのものから生じる負担感(Personal Strain;PS)と、介護を始めた事により今までの生活ができなくなったことから生じる負担感(Role Strain;RS)の下位尺度がある。【倫理的配慮、説明と同意】 対象者、介護者には研究の趣旨と内容、研究への参加は自由意志であり、拒否しても不利益にならないこと等を説明し、同意を得た後、研究を開始した。尚、データと個人情報管理は厳重に行った。【結果】 疼痛に対する反応は、開始当初のように叫ぶ事はなくなったものの、訴えは残っている。肘の可動域は若干改善された。認知症高齢者の日常生活自立度は開始時と変わりなかったが、障害老人日常生活自立度はB-2と向上した。また、認知症周辺症状の睡眠障害、暴力、介護抵抗は軽減が認められた。当初理学療法を拒否する事が多かったが、6ヶ月後には約40分の理学療法の施行が可能となった。介護者においては開始時J-ZBIが 67点(重度負担感群)だったのに対し6ヶ月後には38点(やや中等度負担感群)になった。中でもPSが42点から25点へと著減少した。【考察】 今回、対象者への理学療法と共に、介護負担感が強い介護者に家族指導を重点的に行った。介護者のJ-ZBIで特にPSが軽減したのは、家族指導により認知症への理解が深まり、介護負担感が軽減されたものと考える。実際、「介護は手を抜かなければいけないのですね。」と発言するようになっている。また、対象者の周辺症状も落ち着きはじめ、介護保険サービスも安定し受ける事ができ、両上肢の拘縮改善や、肩手症候群による疼痛の軽減等に結びついたと考える。対象者と介護者はお互いの変化が呼応しあう相乗効果があったと思われる。上村らは、理学療法士が、患者の自立支援や、通所系サービスの移行等に介入し、RSの軽減を図ることを提案している。それに加え、認知症患者を介護する家族に対して、認知症に対する知識を伝えたり介護方法の指導することにより、PSの改善を図ることが可能と思われた。この事は対象者のADL向上にもつながると考える。【理学療法学研究としての意義】 在宅リハで理学療法士はとかく対象者のADL維持向上を主眼とすることが多い。しかし、介護者の精神面への支援にも配慮し、他のサービス提供者とも連携し、総合的にアプローチする事で、対象者とその家族の在宅生活をより手堅く支えることができる。本研究は1例報告ではあるが、介護者への支援も含めた包括的アプローチを担う理学療法士の役割を提示した報告として意義あるものと思われる。