理学療法学Supplement
Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
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東日本大震災における医療救護活動報告
遠藤 浩小尾 伸二八木野 孝義山内 正樹田中 優貴松田 悠嗣宮本 誠也新田 京子大場 哲郎波呂 浩孝
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p. Eb0601

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抄録
【はじめに、目的】 平成23年3月11日に発生した東日本大震災において当院では山梨県から依頼を受け、3月18日から5月13日まで宮城県南三陸町における医療救護活動を行った。医療救護班の一員としてリハビリテーション部から理学療法士である演者が医療救護活動を行う貴重な経験を得たので、その活動内容を報告する。【方法(医療救護班体制)】 当院の医療救護班は計22班、延べ124名の職員が動員され、宮城県南三陸町の医療総括本部となる志津川ベイサイドアリーナと歌津地区の診療所である歌津中学校を中心に2ヵ月間に渡り継続した活動を行った。各班は基本的に医師1名・看護師2名・医療技術者1名・事務職員2名の計6名で構成され、3泊4日で交代して活動に当たった。なお、演者は震災より1ヵ月後の4月11日から4月14日の第9班で活動を行った。【倫理的配慮、説明と同意】 今回の活動報告は倫理的配慮に十分注意し、個人のプライバシー、個人が特定できる内容は記載していない。【結果(医療救護活動内容)】 震災直後の南三陸町では、多くの医療班や支援物資が搬入されはいたが、それを効率的に動かす管理運営体制が整っていなかった。したがって、当院から派遣された医療救護活動の初期段階では救急医療を行うだけでなく、物資・薬品の仕分け業務や情報の収集と整理を行い、管理運営体制の構築を行うことが重要であった。その後、徐々に管理運営体制は整備され、救急医療が必要な時期を過ぎると上気道炎や下痢への対応と各避難所で流行したノロウイルス感染への対策といった公衆衛生活動が重要となった。また過酷な状況下における避難生活による心身のストレスや疲労への対応も多かった。演者が滞在した1ヵ月後では、滞在医師の診療科まで情報を共有でき、専門医療の提供が可能となった。また避難所以外で生活する被災者の状況が徐々に把握できるようになり、専門医による一部近隣地区への往診も可能となった。さらに、医療技術者の専門職種が把握でき、職種ごとの申し送りも可能となった。理学療法士として診療所での治療だけでなく、避難所内を巡回し体操指導やストレッチ・マッサージなどの運動療法と、生活動作指導や簡易補装具のアドバイスなどを行った。また、地域のリハビリテーションチームの活動が開始されたため、他避難所からのリハビリテーションの要請状況を把握し、初のリハビリテーションスタッフとして被災者や医療班から高い評価が得られた。【考察】 被災者のうち高齢者は避難所で1日を過ごし、労働可能な男性は物資の搬入・瓦礫の除去などの作業を、女性は200食以上の炊き出し・環境整備などを行っていた。現地の看護師・市町村職員は自らが被災している中で夜を徹して業務を行うなど、被災者すべてが重労働を強いられた。そのような状況の中、多くの人が「私より大変な人がいるから」といって診療に遠慮・拒否的な態度を示したが、身体に触れながらゆっくりと話を聞いていくと何かしらの身体症状を我慢していることが分かり、中には重篤な症例も発見された。したがって、リハビリテーション医療では震災直後の救急医療を過ぎた時期から予防的側面でのリハビリテーションの介入が望ましく、そのためには診療所での被災者への治療、生活動作や環境のアドバイスと同時に診療所を訪れることができない被災者に対しても、巡回活動による早期発見・予防活動を心がける必要があると思われた。また、救急医療が優先される被災直後は救急医療のみならず情報整理など管理運営業務が重要であり、医療総括本部、医療活動地区、医療班との情報共有を徹底することで専門職としての活動が生かせると感じた。さらに、時期により刻々と需要が変化する中では医療救護活動の一員として専門職種を超えた役割を遂行する必要がある。【理学療法学研究としての意義】 東日本大震災における医療救護活動を経験したので本会で報告し、今後、災害時の理学療法士あるいはリハビリテーション医療が介入する時期や役割、活動の方法、及び心構えなどの参考への意義がある。
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© 2012 公益社団法人 日本理学療法士協会
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