抄録
【目的】 世界人口の多くは開発途上国に居住している。そしてこれらの開発途上国に居住する障がい者は、その2%以下の者しかリハビリテーション・サービスを受けられない状況にあると推測されている(1981、WHO)。今回演者は、青年海外協力隊の理学療法士として、開発途上国の1 つであるエルサルバドル共和国(以下、エルサルバドル)で2年間の活動を行った。日本人理学療法士としてエルサルバドルの障がい者に行い得たことを総括し、今後同様に開発途上国で活動を行う方々の参考に資したい。【方法】 演者の任期は、2009年6月から2011年6月までの2年間であった。エルサルバドルの首都からバスで約5時間の距離にある農村部(ペルキン地区)の保健所に、はじめての理学療法士として配属された。着任時のJICA(Japan International Corporation Agency、独立行政法人国際協力機構)からの要請は、内戦により肢体不自由者の特に多いこの地区で、CBR(Community Based Rehabilitation、地域に根ざしたリハビリテーション)を普及して欲しいというものであった。配属先保健所の職員には、医師、歯科医師、看護師、検査技師らがいたが、その中に地域保健推進員という職種があった。地域保健推進員は、様々な理由で保健所まで来ることが出来ない家庭を訪問し、乳幼児の体重測定、狂犬病の予防注射などの予防接種、デング熱やエイズの予防など、保健衛生に関する地域住民の管理を行い、地域に最も密接に関わる職種であった。演者が保健所に着任した際、理学療法士など、障がい者を対象とする職種はなく、保健所の管轄地域における障がい者の実数も把握されていない状況にあった。そのため、まずペルキン地区に居住する障がい者の現状を把握することから活動を開始した。【説明と同意】 今回の活動報告を行うにあたり、報告の趣旨を説明し、JICAから同意を得た。【結果】 任期中は地域保健推進員と共に地域に出かける機会を多くし、現地の人々の生活をできるだけ知るように努めた。当然のことながら日本とエルサルバドルでは、生活習慣や文化に多くの違いがある。例えば現地の家庭では、休息や睡眠にハンモックが多く使われる。新生児から歩行困難な高齢者までハンモックを利用するが、ハンモックを吊るす位置が低すぎるため、うまく立ち上がれないと思われる高齢者がいた。演者がハンモックを吊るす位置を少し高くすると、それだけで高齢者の立ち上がり動作は容易になり、大いに感謝されるといった事例を経験した。これ以外にも、理学療法士的な観点から行う些細な工夫で、生活の質が驚くほど改善する場面を多く経験した。障がい者に対する関節可動域練習やポジショニングについては、一緒に巡回していた地域保健推進員や障がい者の家族にもその方法を伝授し、できるだけ多くの障がい者が、リハビリテーションの恩恵に浴することができるよう努めた。これらの努力の結果、障がい者のリハビリテーションに対する地域住民の意識が少しずつ高まり、それにつれてそれまでは明らかでなかった地域の障がい者に関する情報が、保健所や演者のもとに自然に少しずつ集まるようになった。【考察】 理学療法士としての2年間の活動の結果、地域住民の障がい者に対する意識を高める事が出来たと思う。しかしながら、日本と異なり、病院をはじめとする医療施設が乏しく、リハビリテーションに関わる専門職も少ない環境下では、障がい者一人一人の能力の改善を図るだけでなく、障がい者をとりまく家庭、地域、社会の種々のマイナス条件の改善を図ることも、CBRの普及のために重要な仕事と考えられた。今回の2年間の活動においてはCBRをシステムとして開始することは出来なかった。しかし、地域住民の障がい者への意識の変化はCBRの開始にあたり大切なことであると考える。今後、その基盤の上に障がい者当人、その家族、近隣の人々、また共に働いた地域保健推進員や他の保健所職員によって少しずつでもペルキン地区に良い変化が生じることを願っている。【理学療法学研究としての意義】 青年海外協力隊の一員としてエルサルバドルに赴き、理学療法士としての2年間の活動を行い、今回その活動内容を報告させていただいた。今後、開発途上国で活動する理学療法士の数が増加することが予想されるが、この活動報告がそうした方々にとっていくらかの参考になれば幸いである。またCBRは日本国内では、まだ普及していない分野であると思われる。日本での現状に関し、今後調査し、検討を行ってみたい。