抄録
【目的】 車いすのリクライニング時における座圧の変動についての報告は,数例散見されるが,褥瘡発生要因の一つとして注目されている臀部ずれ力の変動についての報告は,我々が渉猟する限りにおいては見当たらない.そこで本研究は,車いすのリクライニング時における臀部ずれ力と背もたれからの力の変動を測定し,両者のタイミングを検討することで,臀部ずれ力の変動機序を明確にすることを目的として行った.【方法】 対象者は,健常男性11名(年齢:22.0±5.2歳,身長:171.1±5.9cm,体重:66.1±6.6kg)であった.電動リクライニング機能付き実験用椅子(背もたれ高:97cm,座面奥行き:40cm,座面角度:0度,リクライニング角速度:3deg/sec)上に床反力計を置き,その上で背もたれにもたれた安楽座位を測定肢位とした.高齢障害者では円背や骨盤後傾を考慮して座長(座奥行)を標準値より3cm長くする必要があるとの報告(植松ら,2000)を基に,高齢者を想定して測定肢位における臀部位置を背もたれと仙骨後面の距離を3cmに規定した.さらにずれ力に対する下肢による抵抗をできる限り減ずるために,下腿の向きが鉛直方向となるように足部位置を設定し,足部の下にはローラー板を設置した.また,再現性の観点から,枕やヘッドサポートは使用せず,背もたれに後頭部を接して安静にするように指示した.臀部ずれ力の測定には,40cm×40cmの床反力計(共和電業社製座位解析システムK07-1712)を使用し,周波数100 Hzでデータサンプリングを行った.なお,形体学的な影響を考慮し,臀部ずれ力および圧力は各対象者の体重で除して正規化した値[% Body Weight: %BW]を採用した.背もたれからの力の測定には,圧力・ずれ力同時測定器(molten社製PREDIA)を3基使用し,それらをデータロガー(オムロン社製ZR-RX20V)にて連動させて測定した.3つのセンサーの貼付位置は,安楽座位時に背もたれから最も圧力がかかっている部位とその上下とし,センサー間距離0cmで貼付した.測定は背もたれ角度10度後傾位(1.安楽座位期:約5秒)から開始し,40度後傾位まで背もたれを後傾させ,その位置を保持させた(2.後傾位期:約10秒)後に,背もたれを起こしていき,10度後傾位に戻る(3.完了期:約5秒)間の約40秒間とした. リクライニングによる臀部ずれ力測定値の変動を検討するために,上述の3期における安定した2秒間の平均値を一元配置分散分析とBonferroniの多重比較を用いて統計学的に解析し,危険率5%未満をもって有意とした.さらに,臀部ずれ力の変動機序を明らかにするために,臀部ずれ力および背もたれからの力の変動のタイミングを比較・検討した.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は,演者の所属施設の倫理委員会の承認を得た後に実施した(承認番号:074).各対象者には事前に本研究の趣旨と目的を文書にて説明した上で協力を求め,同意書に署名・捺印を得た.【結果】 臀部ずれ力は,安楽座位期9.4±2.4[%BW],後傾位期9.3±1.2[%BW],完了期15.0±2.9[%BW]であり,完了期は安楽座位期,後傾位期と比較して有意に高値を示した.参考として臀部圧力の測定値を以下に示す.安楽座位期78.0±5.0[%BW],後傾位期66.0±8.2[%BW],完了期87.0±6.9[%BW]であり,3期全ての間で有意差が認められた.測定値の変動パターンについて,前方への臀部ずれ力は,背上げ中期(後傾約20~30度)でピークに達した後,完了期で若干の減少したものの安楽座位期よりも高値を示した.背もたれからの力に関しては,背もたれの後傾に伴って背部には下方へのずれ力が生じ,圧力は徐々に増大した.後傾位期から背上げ中期までは背もたれが起きてくるにつれて,下方へのずれ力は減少し,圧力はさらに増大していった.【考察】 臀部ずれ力はリクライニング前の安楽座位期と比較して完了期で有意に高値を示した.背もたれ後傾時には,リクライニングにおける背もたれと体幹の回転軸位置の相違に起因する体幹の相対的な下方へのずれが生じている.そのことによって,背上げ期における背もたれからの力の方向と体幹の回転方向の相違がより増幅されることが,背上げ完了期に前方への臀部ずれ力をより増大させた要因と考える.さらに,安楽座位期と比較して完了期における臀部ずれ力の5[%BW]以上の増大は,車いすのリクライニング操作後の残留ずれ力解除の必要性を示唆するものと考える.【理学療法学研究としての意義】 車いすのリクライニング操作後の残留ずれ力の解除と,背もたれからの力のベクトルと体幹の回転軸を調整する必要性が褥瘡予防の観点から示されたことから,本研究はリクライニング機能付き車いすにおける褥瘡発生予防の基礎的資料となるという点で意義がある.