抄録
【はじめに】 中高齢女性の悩みのひとつに尿失禁がある.尿失禁は,生命の危機に関わらないが,生活の質に多大な影響を及ぼすことが報告されている.尿失禁は,泌尿器の構造の違いや出産経験により,男性よりも女性で発症率が高いと報告されている.1940年代にアメリカの産婦人科医ケーゲルが骨盤底筋を収縮させることで産褥期の尿失禁を防止できることを報告している.リハビリテーションの分野においても,骨盤底筋体操や定期的排尿などの行動療法の取り組みが行われている.一方,尿失禁は,年のせいと諦めている人や羞恥心から誰にも相談できない人が少なくない.我々は,尿失禁に悩む地域の女性が気軽に参加できるプログラムを開発することは重要であると考えている.そこで今回,より効果的な尿失禁改善運動プログラムを開発することを目的に,尿失禁に効果があると言われている骨盤底筋収縮訓練を約10週間実施し,効果を検証したので,ここに報告する.【方法】 対象を当施設周辺への折り込み広告で募集し,尿失禁を呈する14名の女性(平均年齢58±9歳)が調査に参加した.全ての対象者においてトイレまでの移動能力に制限は無かった.骨盤底筋訓練はホームエクササイズを中心に約10週間実施した.初回評価は,基本情報調査,尿失禁問診票,QOL問診票(ICIQ-SF)を調査した.基本情報調査以外の評価は,約5週後に中間評価,約10週後に最終評価として再調査した.なお,初回評価時には骨盤底筋の解剖学的な位置関係を図や模型を利用して説明し,骨盤底筋を随意的に収縮させる感覚を習得するための時間を設けた.前半5週間のホームエクササイズは,坐位で行い,6秒間収縮12秒間弛緩を10回,できるだけ速く強い収縮を10回,6秒間収縮12秒間弛緩を10回の計30回の収縮を1セットとして,1日に3セット(計90回の骨盤底筋の収縮)を実施した.また,後半5週間のホームエクササイズは,臥位,坐位,立位のそれぞれの姿勢で,6秒間収縮12秒間弛緩を10回,できるだけ速く強い収縮を10回,6秒間収縮12秒間弛緩を10回(計90回の収縮)と,骨盤底筋を収縮させてからしゃがみ込む動作を10回実施した.また,施設での運動指導を週1回(60分間)実施し,ホームエクササイズ実施状況の確認を中心に,臥位,坐位,立位の姿勢で骨盤底筋を収縮させる運動を行った.【倫理的配慮、説明と同意】 本調査は同意のための説明書を提示し,同意書に署名を受けた者のみを対象として行った.なお,研究に先立ち星城大学倫理委員会の承認を得た.【結果】 QOL問診票(ICIQ-SF)より,初期評価時の尿失禁の頻度は,1週間に1回あるいはそれ以下の者は5名,1週間に2~3回の者は2名,およそ1日に1回の者は3名,1日に数回の者は3名,常に漏れると答えた者は1名であった.中間評価では,尿失禁が無いと回答した者は5名(35.7%),頻度が減少した者は5名(35.7%),不変の者は4名(28.6%),悪化0名であった.最終評価では,尿失禁が無いと回答した者は6名(42.9%),頻度が軽減した者は7名(50%),不変の者は1名(7.1%),悪化0名であった.初期評価で尿失禁の頻度が1日に数回の者3名と常に漏れると回答した1名は,最終評価で頻度は減少したものの,依然,週に2~3回以上の高い頻度で尿失禁を呈していた.また,尿失禁の量に関しては,最終評価で尿失禁が無かった者は6名(42.9%),軽減した者は2名(14.3%),不変5名(35.7%),悪化1名(7.1%)であった.生活への影響に関する調査では,最終評価で尿失禁が生活に影響しなくなった者は5名(35.7%),軽減した者は5名(35.7%),不変4名(28.6%),悪化0名であった.【考察】 約10週間の骨盤底筋訓練を実施し,効果を検証した.最終評価で尿失禁が無くなったと回答した者は14名中6名(42.9%)と高い割合を示した.尿失禁の頻度が減少した者を含めると92.9%に改善を認めた.先行研究の骨盤底筋訓練の改善率は17~84%と広範囲である.我々の結果は先行研究を上回るものであった.今回の結果では,訓練開始後5週間の早い段階で効果を示す者が多かった.しかし,初期評価で尿失禁の頻度が高かった者は,最終評価で改善を認めたが,依然高い頻度で尿失禁を呈していた.また,尿失禁量と生活への影響に関する調査結果は,尿失禁の頻度の改善に比べると不変と回答した者が多かった.以上のことから,尿失禁の重症度別に訓練期間を設定することと,尿失禁完治率の向上を目指した訓練内容を見直すことが必要であると推察された.【理学療法学研究としての意義】 今回は特別な機器を使用せず,ホームエクササイズを中心に骨盤底筋訓練を実施した.この結果は,尿失禁に対する運動療法を実施するための有益な情報であると考える.