抄録
【はじめに,目的】日本の高齢化率は22%を超えた.他の国が経験したことがない人口構造の変化と時を同じくして国家予算歳出の3割を占める社会保障費(医療・年金・福祉・その他)が急激に増大し,歳入全体の5割を超える公債が若い世代の負の遺産となる.この悪循環が,高齢者の持続的生活を脅かす.介護予防一次予防事業の自助・互助,二次予防事業の共助の補完を促すために,高齢者の健康に関与する社会参加活動を促進する役割が地域の保健・福祉領域に必要とされている.平成20年度からA市と協働で,一次予防事業(介護予防ボランティア育成講座:以下,育成講座)と,運動機能向上を主とする二次予防事業(いきいき運動教室:以下,運動教室)に関わっている.その経験の中で育成講座修了者が運動教室のボランティアとして参加し,また両者が健康に関わる地域の自主グループ活動への参加がみられた.これらの住民主体の活動の支援に,官(行政)学(大学)民(住民)の試行錯誤を通じてよりよいと考えられる仕組みを構築してきた.本研究の目的は継続的な本取り組みから,運動教室6回の状況を振り返り総括することである.【方法】平成21年度第2期から平成23年度第1期の各運動教室6回の教室前の参加者は合計44名(男12名,女32名),年齢(76.6±6.8,65-90歳),身長(153.3±7.7 cm),体重(54.7±10.9 kg)である.脱落者は1名であった.運動教室の運営は行政が,主に運動機能に課題をもつ二次予防事業対象の高齢者に運動教室を主催し,地域包括支援センターから参加申込みとアセスメント等の情報を得て実施した(1回90分,週1回,3ヶ月間 1年間に3回開催).運動教室のプログラム内容は「運動器の機能向上マニュアル(研究代表者, 大渕)」に基づき,自己効力感を向上させるための技術を織り交ぜて実施した(プログラム詳細:理学療法学 2010; 37: 417-423).各育成講座の中でグループワークや運動教室・自主グループの見学会を取り入れ,育成講座修了者のつながりを強化し,自主グループ立ち上げへの抵抗感を軽減させる働きかけを行った.【倫理的配慮,説明と同意】本取り組みは該当行政首長の承認のもと実施され,参加者には口頭および書面にて十分な説明を行い,書面にて同意を得た.【結果】全6回の運動教室前後のアウトカム評価として,先ず身体体力要素である柔軟性の指標である長座位体前屈(29.5±10.5 vs. 31.9±8.7 cm, P=.028),筋力の指標である膝関節伸展筋力(231.6±100.2 vs. 290.3±100.0 N,P=.000),筋パワーの指標でありチェアスタンドテスト(10.1±6.1 vs. 6.7±1.7 秒/5回, P=.000),バランス能力の指標である開眼片足立ち時間(18.5±16.6 vs. 26.4±22.2 秒, P=.003),移動能力指標である5m歩行時間(快適 / 最大努力)(4.6±1.5 vs. 4.0±0.9 秒, P=.001 / 3.4±1.1 vs. 3.1±0.8 秒, P=.008) ,総合的な移動能力の指標であるTimed up and Go Test(8.3±3.0 vs. 7.1±2.2 秒, P=.000)のすべての測定項目において有意に改善した.生活機能では老研式活動能力指標(11.0±1.8 vs. 11.7±1.9 点/13点, P=.015),精神的健康状態の指標であるWHO-5粗点(17.0±4.1 vs. 18.4±4.2 点/25点, P=.024)においても有意な改善を示した.平成23年度第1期修了後の聞き取り調査において,各6回の運動教室修了者のうち既存自主グループに参加したのは15名(34.0%),新規の自主グループ立ち上げに参加したのは2ヵ所,7名(15.9%)であった.【考察】官学民各セクター多職種において,一次・二次予防事業の有機的な連携を図る視点で総合的介護予防事業の取り組みを実施し,運動教室参加者の身体機能や生活機能を改善させるとともに,健康に関わる2カ所(修了者7名)の新規立ち上げ及び既存自主グループへ修了者15名を繋ぐことができた.本取り組みは,育成講座や運動教室の参加者同志のつながりを意識することで,運動教室修了後に自主グループに参加する者の割合が増加し,自主グループを支援する無償ボランティアの実数を増加させたと考えられる.育成講座修了者は,運動教室の運営を補助し,行政や地域包括支援センターと共に運動リーダーとして,また支援する側として自主グループの運営に協力している.【理学療法学研究としての意義】理学療法士は医療領域に加えて,地域の保健・福祉領域においても役割を果たせることを示した.