抄録
【はじめに、目的】 平成23年3月11日に起こった東日本大震災では甚大な被害が生じた。発災当日より当センターでは、DMAT(Disaster Medical Assistance Team)が被災地へと支援に向かった。被災地では長期的な医療支援が必要との判断より、平成23年3月24日より5月末日まで4泊5日を1クールとして大阪府から岩手県への支援活動が開始されることとなった。当センターからもDMAT以外の多くの医師、看護師、事務職などで構成された災害医療班が派遣された。私は第1隊目の要員としての派遣が決定し、理学療法士として被災地で活躍できることはないかと考えた。Hirschbergによると高齢者の廃用症候群を防ぐためには、1日の活動時間を2時間以上、上田によると4時間以上必要としている。今回は、特に被災地での廃用症候群の予防に着目し、支援活動をおこなってきたのでここに報告する。【方法】 被災地へ向かう前に3つの方法論を立案した。1.各避難所への巡回時にデモンストレーションをおこない、少なくとも1日に1回のラジオ体操をおこなう習慣をつける。2.各避難所への巡回時に被災者と共に1日のタイムテーブルを作成する。3.各避難所にハムストリングスと下腿三頭筋のストレッチング方法や3分18秒間のラジオ体操、心筋梗塞や脳卒中、DVT(Deep Vein Thrombosis)の症状を図示した3種類のポスターを掲示する。ラジオ体操やストレッチングは継続することが重要であるため、災害医療班に十分な引き継ぎをおこない、帰阪後に運動継続の有無の聞き取り調査をおこなうこととした。【倫理的配慮、説明と同意】 不動に伴う廃用症候群のリスクを十分に説明し、避難所責任者に同意を得た上で実施した。【結果】 日々の巡回で避難所の責任者へ廃用症候群の弊害を説明し、運動の重要性を説明することで1日に1回のラジオ体操を行うことができた。また、ラジオ体操やストレッチングの習慣を構築するために、避難所の責任者や子供達と協力し1日のタイムテーブルを作ることができた。3種類のポスターにおいても、廃用症候群の予防と重篤な疾患への理解を得ることにより各避難所に掲示することができた。5月末の支援終了後の災害医療班への聞き取り調査では、避難所では最後までラジオ体操が継続されていた。【考察】 榛沢は、避難所でのざこ寝がDVT発生の原因の1つであると報告している。今回、巡回した避難所で心筋梗塞や脳卒中、DVTの発生報告はなかった。これは、毎日のラジオ体操等の運動を継続することができたためと考える。運動が継続できた過程として、第一に避難所への巡回時に避難所責任者と密に連携をとることで災害医療班の受け入れがスムーズになったこと、第二に避難所の子供達を巻き込むことで、被災者主体で運動が行えたことを考える。ラジオ体操は約3分であるが、体操前の準備や体操後の動作が全体としての活動時間延長となり、避難所における最低限の廃用症候群の予防につながったのではないかと考える。今回、大阪府から災害医療支援活動の一員として活動することができたが、被災地では避難所での突然の床上生活により立ち上がりが困難になる被災者や、ライフライン途絶による電動ベッド使用不能に伴う褥創の発生など発災初期から理学療法士が活躍すべき状況が多く存在していた。『防ぎうる障害』を減らすことができるのは、動作観察から動作指導のできる理学療法士ではないかと考える。【理学療法学研究としての意義】 震災から2週間という混乱期に理学療法士として支援活動に参加した。災害急性期では、医師や看護師による災害医療が注目されがちである。しかし、ラジオ体操等の軽負荷での運動や立ち上がり動作指導、褥創予防など廃用症候群の早期予防には理学療法士の果たす役割が大きいのではないかと考える。理学療法士協会として発災初期から関係各省庁への働きかけはあったものの、支援チームが派遣されたのは平成23年5月からである。その間、廃用症候群によりADLの低下を来した被災者の数は計り知れない。今後予想される激甚災害に備え、理学療法士として災害急性期から活動できる体制作りが急務ではないかと考える。