抄録
【はじめに、目的】 介護予防という概念は要介護状態になるのを未然に防ぐことに加え、現在要介護状態にあっても、それ以上状態を悪化させないことを含む。2006年の介護保険改正時には要支援者に対する「新予防給付」が制定され、「新予防給付」における「運動器の機能向上」は諸施設で理学療法士が取り組む機会も多い。しかし、要介護高齢者における心身機能やADLについての報告は未だ少なく、どのような取り組みが要支援の状態から要介護に移行する過程を延長させるために有効か十分明らかとなっていない。そこで本研究の目的は要支援者と要介護者間の心身機能の相違を明らかにし、介護予防の評価及び介入を実施する必要性の高い項目を検討することとした。【方法】 対象は全国の通所介護サービスを利用している要支援1から要介護2の高齢者で、各運動機能および認知機能検査を実施できた3198名(平均年齢82.0±6.45歳、女性2208名)であった。このなかで、要支援1および2を要支援群(1129名)、要介護1および2を要介護群(2069名)とした。調査項目は、年齢、性別に加え、運動機能の指標として握力、Chair Stand Test 5 times(CST)、Timed Up & Go(TUG)、開眼片脚立ち時間を測定した。また、認知機能の指標としてはMental Status Questionnaire(MSQ)を測定し、誤答数が0から2を「認知症の疑い無し」、3から10を「認知症の疑い有り」とした。統計学的解析は、各測定項目における要支援群と要介護群の差を検討するため、t検定とχ2検定を用いて比較した。加えて、従属変数を要介護認定状態(要支援群:0、 要介護群:1としてダミー変数化)、独立変数を年齢、性別(男性:0、女性:1)、握力、CST、TUG、開眼片脚立ち時間、認知症疑いの有無(認知症の疑い無し:0、有り:1)、とした強制投入法による多重ロジスティック回帰分析を行い、各独立変数のオッズ比を求めた。有意水準はp<0.05とした。【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には本研究の主旨および目的の説明を行い、同意を得た。なお本研究は国立長寿医療研究センター倫理・利益相反委員会の承認を受けて実施した。【結果】 単変量解析により要支援群と要介護群を比較したとき、年齢に有意差は認められなかったが、性別は要支援群で女性が有意に多かった。体力測定は要支援群が握力、CST、TUGで有意に良好な結果を示したが、開眼片脚立ち時間に有意差は認められなかった。また、要介護群は認知症疑いの有る人が有意に多い結果を示した。多重ロジスティック回帰分析により求めた各独立変数のオッズ比は、年齢が0.97(95%信頼区間;0.96-0.98、p<0.01)、性別が0.55(95%信頼区間;0.44-0.68、p<0.01)、握力が0.97(95%信頼区間;0.96-0.99、p<0.01)、CSTが1.00(95%信頼区間;0.99-1.02、p=0.95)、TUGが1.03(95%信頼区間;1.01-1.04、p<0.01)、開眼片脚立ちが1.00(95%信頼区間;0.99-1.01、p=0.77)、認知症疑いの有無が6.68(95%信頼区間;5.52-8.08、p<0.01)を示した。【考察】 握力やTUGといった筋力、歩行機能の低下が要支援から要介護に移行する要因として抽出されたことは、運動療法を用いた機能向上で介護予防が期待出来る可能性を示唆しており、介護予防における理学療法の有用性を支持する結果であった。加えて、要介護状態と認知機能の有無の関連性が認められたため、要支援および要介護高齢者に対して認知機能の評価を積極的に実施する重要性が確認された。しかし、今回使用したMSQは簡便な認知機能検査であるため、より詳細な検査を用いての検証が今後必要である。また今後は、筋力や歩行等の運動機能や認知機能の向上が要介護状態の維持、改善に寄与できるかを縦断的に検討するべきだと考えられる。【理学療法学研究としての意義】 介護予防事業において「運動器の機能向上」は国民の健康寿命を伸ばすうえで重要とされている。「運動器の機能向上」の取り組みにあたり、本研究のように大規模集団を対象とした研究によって要支援者と要介護者間の心身機能の相違を明らかにすることは、今後対象者評価の一助となり効率的な介入につながることが期待される。