抄録
【はじめに、目的】 高齢者や重度障害者は,寝たきり予防のため車椅子を使用する.しかし,不良姿勢での長時間座位は,体位変換及び除圧動作を行うことの出来ない対象にとって,褥瘡発生の危険性を高める.褥瘡は治癒困難な慢性創傷のひとつとして位置づけられ,近年では褥瘡予防の対策が重要視されている.褥瘡発生に影響を及ぼす四因子として,外力,栄養,失禁,自立があげられるが,理学療法士はその中でも褥瘡予防の観点から,車椅子座位に及ぼす外力に対して介入を行う必要がある.外力とは圧迫力と剪断力を示し,圧に剪断力が加わることで褥瘡発生の危険性を高めるとされている.これまで車椅子機構が殿部圧迫力に及ぼす影響が数多く報告されてきたが,車椅子の角度変化により殿部剪断力に及ぼす影響を検討したものは見当たらない.そのため本研究の目的は,車椅子角度変化から生じる剪断力の影響を明らかにし,剪断力軽減のためのシーティングモデルの構築を行うこととする.【方法】 対象は神経生理学的,骨関節に特記すべき既往がない健常成人11名(24.6 ± 1.80 歳,男性7名,女性4名)とした.対象者はリクライニング・ティルト機構が備わった車椅子上で5分間の座位保持を行い,測定中に不快を感じても姿勢を変えないように指示した.アームレストは使用せず,両上肢を組んだ状態で保持するように指示した.フットレスト高は,同一検者が被験者ごとに大腿部と座面が水平になる高さになるように調節した.衣服は,座面とズボンの摩擦を統一するために,全被験者が同じ素材のものを着用した.測定は,以下の5条件で行った.条件1は,リクライニング0°,ティルト0°,条件2はリクライニング10°,条件3はリクライニング20°,条件4はティルト10°,条件5はティルト20°とした.対象者の疲労の要素を考慮して,各条件はランダムな順序で実施した.殿部剪断力の測定には,車椅子座面上に可搬型フォースプレート(アニマ株式会社,KtSmp)を設置し,サンプリング周波数は20Hzとして,計測時間は5分間とした.測定項目は,解析区間の床反力前後成分とし,各条件の計6000フレームの平均値をそれぞれ抽出した. 測定値の正の値は後方剪断力を表し,負の値は前方剪断力を表す.統計学的解析には,5条件間の床反力前後成分の比較に反復測定一元配置分散分析を使用し,多重比較はBonferroni法を用い,条件1と各条件2-5の比較をした.反復測定一元配置分散分析の有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は所属機関の研究倫理委員会の承認(H23-21)を受けて実施された.対象者にはヘルシンキ宣言に基づき,実験の目的,方法,及び予想される不利益を説明し書面にて同意を得た.【結果】 条件1は-6.20 ± 1.27kg,条件2は-8.54 ± 1.84 kg,条件3は-9.37 ± 1.51 kg,条件4は-1.10 ± 1.76 kg,条件5は6.30 ± 1.60 kgであった.条件間で床反力前後成分に有意差が認められた(p<0.05).多重比較の結果は,条件1と条件3-5において有意差が認められた(p<0.01).【考察】 本研究の結果,リクライニングによる前方剪断力の増加,ティルトによる後方剪断力の増加が示された.条件1においては,車椅子座位の中で支持基底面を広め安定性を高めるため背面にもたれるが,背面への接触は身体を前方に押す反力を生み,殿部の前方剪断力を発生させる.一方,リクライニング条件による背面の傾きは,条件3において有意な前方剪断力の増加を認めた.条件2においても全被験者の前方剪断力が増加した.廣瀬らは,骨盤後傾に伴う背面から体幹への反力は,殿部や大腿部を滑らせる力を生じると報告しており,背面傾斜に伴う骨盤後傾が剪断力の増加を誘発したと考察する.ティルト条件における座面の傾きは、条件4および条件5において有意な後方への剪断力の増加を認めた.ティルトによる座面傾斜は,殿部や大腿部を後方へと滑らせる力を生じる.また条件4においてティルト10°の傾斜は背面からの前方への反力と,座面傾斜による後方への滑りの力を生じ,結果的に殿部に生じる剪断力を軽減したと考察する.しかし,本研究では骨盤や脊柱といった体節の変化において明確な言及は出来ず今後の課題が残された.【理学療法学研究としての意義】 本研究によって,車椅子ティルトによる剪断力の軽減が示された.本研究結果は,車椅子座位における剪断力軽減には,ティルトへの介入の必要性が示唆され,褥瘡予防を介入する上でその臨床的意義は大きい.