抄録
【はじめに】 地域在住の脳卒中片麻痺者において,外出が困難な者ほど日常生活活動やQuality of Lifeが低下することが報告されている.外出の移動手段となる歩行能力にはバランス能力が影響することが数多く報告され,その評価指標の一つであるBerg Balance Scale(BBS)は,脳卒中片麻痺者の予後予測や転倒のスクリーニング検査等で広く用いられている.BBS45点が基準値として用いられており,45点以上であれば,脳卒中発症から12週後に在宅で生活可能,転倒の危険性が減少することから,自宅退院にはBBS45点以上の獲得が必要とされる.しかし,BBSが45点以上のバランス能力を得て退院した脳卒中片麻痺者が,在宅にて実際に外出しているかどうかの検討は少なく,外出頻度や活動範囲等を含めた生活空間の実態も明らかにされていない.そこで,本研究では脳卒中片麻痺者の退院時のバランス能力をBBSにて測定し,退院後在宅での生活空間にどのような影響を及ぼすのかを縦断的に検討することとした.【方法】 脳血管障害等により片麻痺の症状を呈した20名(男性9名,女性11名,67.5±12.3歳)を調査対象とした.疾患の内訳は,脳梗塞11名,脳出血8名,硬膜下血腫1名で,下肢のBrunnstrom Stage(BRS)はStageIII3名,StageIV4名,StageV8名,StageVI5名であった.除外基準は,退院時に歩行が自立しなかった者,自宅退院が出来なかった者,認知症を有する者(長谷川式簡易認知症スケールで20点以下)とした.評価項目は,脳卒中発症後,在宅への退院時にBBSやTimed Up and Go test(TUG),機能的自立度評価(Functional Independence Measure;FIM)を検査し,退院3か月後に在宅での生活空間評価(Life-Space Assessment;LSA)を聴取した.解析方法は,まず、LSAを従属変数,退院時のBBSを説明変数,年齢を調整変数とした重回帰分析を行った.比較のために,退院時の説明変数を退院時のTUGやFIM に置き換えた重回帰分析も行った。また,BBSを45点で分けた2群(45点以上:高バランス群,45点以下:低バランス群)のLSA得点平均値および,各生活空間レベル(5段階のレベル;自宅内,敷地内,隣近所,町内,町外)での2群の平均値をt 検定を用いて比較した.なお,統計学的有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は,東北大学大学院医学系研究科倫理委員会と財団法人星総合病院倫理審査委員会の承認を得て実施した.対象者には委員会で承認された説明書を用いて研究者が本研究の概要を対象者に説明し,署名にて同意が得られた者が研究に参加した.【結果】 各指標の平均値±標準偏差はBBS 39.3±12.1点,TUG 22.8±21.4秒,FIM 115.9±8.8点,LSA 48.4±24.8点であった.重回帰分析における標準化係数βはBBSが最も高い値を示した(BBS: β=0.523, p<0.05; TUG: β=-0.357, p>0.05; FIM: β=0.495, p<0.05).高バランス群は7名,低バランス群は13名で,両群間において年齢やBRS,TUG,FIMでの有意な差は認められなかった.両群のLSA得点は,高バランス群(63.9±19.8点)が低バランス群(40.1±23.7点)に比べて有意に高い値を示した(p<0.05).LSAの各生活空間レベルにおける比較では,敷地内レベルと隣近所レベルの平均値において高バランス群が低バランス群に比べて有意に高得点を示し(p<0.05),自宅内や町内、町外のレベルでは両群間で有意な差が認められなかった.【考察】 脳卒中発症後の退院時のBBSと退院後の在宅でのLSAにおいて関連が認められ,退院時のBBS45点の値が在宅での生活空間に影響を及ぼす因子の一つであることが示された.先行研究では脳卒中発症12週後に在宅生活が可能な者のBBS平均値45点とされており,本研究でもBBS45点以上で在宅生活が可能な状態が確認されただけでなく,自宅敷地内から隣近所までの生活空間が拡大傾向にあることが明らかになった.これは,BBSが45点以上であれば転倒の危険性が減少することから,屋内歩行よりも高いバランス能力が要求される屋外での歩行が可能となり,敷地内レベルと隣近所レベルで広い生活空間を確保していたと考えられる.一方,町内レベルや町外レベルでは,移動距離が長くなることで歩行での移動よりも自動車や公共交通機関での介助を主とした移動となりバランス能力の影響が少なかったと考えられる.よって,脳卒中片麻痺者の在宅での生活空間拡大のためには,脳卒中発症後の退院時のバランス能力が重要であり,特に退院時までにBBSの45点以上の獲得が一つの目安となることが示唆された.【理学療法学研究としての意義】 脳卒中発症後の退院時のバランス能力と在宅での生活空間との関連性を明らかにすることで,発症後早期の入院中からBBSの評価指標を用いたバランス能力の向上に努めることが,退院後の活動的な地域生活の支援に繋がっていくと考える.