抄録
【はじめに、目的】 人工炭酸泉浴は血管拡張作用,機能的閉鎖毛細血管の賦活,酸素解離曲線の右方偏位,Vascular Endothelial Growth Factorやbasic Fibroblast Growth Factorなどのサイトカイン発現を促進する効果があり,小動脈閉塞疾患の治療や褥瘡治癒に広く用いられている。自律神経への効果としては,交感神経系の抑制による心拍数(HR)の低下や,副交感神経活動亢進と交感神経活動抑制による精神活動面の安定に寄与する報告があるが,全身浴で検討されたものが多く,臨床で多用される局所浴での報告は少ない。人工炭酸泉浴が自律神経活動に与える影響を周波数分析で検討した報告も少ない。今回我々は,人工炭酸泉下肢局所浴が自律神経活動に与える影響を明らかにする目的で周波数分析による検討を行った。【方法】 12名(男6名,女6名:25.3±3.7歳)を対象とした。室温25℃,湿度65±7%,録音された環境音楽を流した同じ明度の環境で測定時刻を一定にして測定し,自律神経に対する環境要因の統制を行った。人工炭酸泉はCARBO MEDICA(三菱レーヨンエンジニアリング)を用い,炭酸ガス濃度を1000ppm,湯温を36℃に調整した。自律神経活動の測定にはPOLAR RS800CXを用いて心電図R-R間隔の周波数解析および脈拍数(HR)を2分毎の測定点で行った。高周波成分(HF)を副交感神経活動,低周波成分/高周波成分(LF/HF)を交感神経活動の指標とした。自律神経活動の与える心理的な変化を捉える目的で,Profile of Mood States(POMS)を負荷刺激前後に測定した。負荷条件は、安静座位(対照群)・36℃の淡水浴負荷(淡水群)・36℃の炭酸泉浴負荷(炭酸群)の3つの負荷条件を設定した。それぞれ,負荷刺激前後に10分間の安静座位をとり,負荷刺激は10分間とした。統計処理はFriedman検定とScheffe多重比較,ANOVAとTuykey多重比較,Wilcoxon signed-rank testを用い有意水準5%で検討した。 【倫理的配慮、説明と同意】 倫理委員会の承認を得、試験の説明を行い書面による同意書を得た上で測定を行った。【結果】 HF,血圧は各測定点の群間比較および各群内の時系列変化での差は認められなかった。 LF/HFは、浸漬中において炭酸群と比べて座位群・淡水群で低く(順にp<0.05, p<0.01) 淡水群は浸漬前に対して浸漬後が高値を示した(p<0.05)。 HRは、淡水群の浸漬前に対して浸漬中に低値を示し(p<0.05),炭酸群の浸漬前に対して浸漬中・浸漬後に有意な低値を示した(p<0.05)。 浸漬後のPOMSの混乱の項目は,座位群に対して炭酸泉浴群が有意な低値を示した(P<0.05)。 POMSは座位群の浸漬前に対して浸漬後が緊張・不安,抑うつ,怒り・敵意,活気 (P<0.05),疲労,総合得点(P<0.01)の項目で有意な低値を示した。また,淡水群の浸漬前に対して浸漬後で、緊張・不安,混乱(p<0.05),疲労,総合得点 (p<0.01)で有意な低値を示した。炭酸群では浸漬前に対して浸漬後で、緊張・不安,混乱(p<0.05),疲労,総合得点 (p<0.01)の項目で有意な低値を示した。【考察】 本研究の結果から人工炭酸泉下肢局所浴は交感神経活動の抑制効果が得られる事が示唆された。炭酸泉浴浸漬中,浸漬後のHRの低下は交感神経の抑制により,もたらされたと考えられる。副交感神経活動による有意差が各群にみられなかったのは,HF成分値の幅が広く,個人差が大きかった事が考えられるが,各被検者間で異なる傾向を示した理由は定かではない。 淡水浴負荷によって,浸漬前に対して浸漬後で有意な交感神経亢進がみられたのは,浸漬部位が浸漬後に外気との温度差に曝される事で,交感神経活動を高める結果となったと考えられる。淡水群では浸漬後には反応的にHRが元の値に戻り,交感神経活動も亢進したと考えられるが,炭酸群は炭酸ガスによる何らかの影響により交感神経活動抑制効果の持続がみられたと考えられる。血圧においては,本研究の条件(人工炭酸泉湯音・濃度)であれば,血圧に有意な変化がなく,安全に施行可能である事が示唆された。 POMSは,すべての群で浸漬前よりも浸漬後で活気を除いて有意な低下が得られた。これらの結果は,環境音楽下で安静座位をとる行動自体に精神的安定効果があり,安静座位のみの場合と比較して,浴水負荷では非特異的な効果を示すに留まる結果となった。【理学療法学研究としての意義】 人工炭酸泉浴による交感神経抑制効果は全身浴だけでなく,局所浴でも得られる事が本研究により示唆された。人工炭酸泉下肢局所浴は,交感神経活動の抑制を図る事ができる容易な方法として,交感神経過活動に苦しむ患者様に対して広く活用できる可能性が示唆された。