抄録
【はじめに、目的】 わが国の理学療法士養成校は現在も増加しており(総数247校),入学定員は1万3千人を突破している状況にある.先行研究では,臨床実習生に対する教育効果を向上させる方法としてクリニカルクラークシップ(以下CCS)の有用性が示唆されている.我々は第45回大会において,自己能力チェックシートと一般性セルフ・エフィカシー・スケール(以下GSES)を用いてCCSを修正した実習指導法(Modified CCS:以下MCCS)による実習効果(前後比較)を検討した.その結果,MCCSはGSESを保ち,指導者に比較的負担を与えない実習方法であることを示唆した.しかしながら,先行研究においてCCSと従来の「患者担当制」を臨床実習前後で比較した報告は見られない.本大会では,実習指導効果および指導者負担感を従来の実習指導方法とMCCSで比較し,若干の知見を得たので報告する.【方法】 平成21年4月~平成23年9月の期間,岡山県内の3施設(総合病院,リハビリテーション病院)で臨床実習を行った21名の学生(男性10名,女性11名,年齢22.57±2.68歳)のうち15名の学生に対しMCCS(以下MCCS群)を,他の6名は従来の「患者担当制」(以下従来群)を導入した.なおこの割り付けは非ランダムに行われた.この21名に対しLocus of control(以下LOC,18項目で「そう思う」から「そう思わない」までの4件法,得られた得点に応じて内的統制型,外的統制型に分けられる),sense of coherence(以下SOC,短縮版3項目,「よくあてはまる」から「まったくあてはまらない」までの7件法,高得点ほど処理可能感・有意味感・把握可能感において首尾一貫感覚がある)を用いて両群間における実習前後の教育効果結果を調査した.また,実習生を担当した指導者(n=28,MCCS群18名,従来群10名)には,実習指導に関する業務負担について実習終了後にVASを用いてアンケート調査を行った(0=負担無し,10=負担が最も強い).LOC,SOCについては,混合モデル2元配置分散分析(時間×介入)を用いて比較した.指導者については,年齢を共変量とした共分散分析を用いて両群を比較した(α=0.05).【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は,各養成校に同意を得た後,該当する臨床実習生およびその指導者に対し紙面を用いて研究の説明を行い,同意を得て調査を行った.【結果】 LOC・SOCにおいて,13名(MCCS群7名,従来群6名)から有効な回答が得られた.LOCの内的統制型において,実習前後の変化に両群間の差は見られなかった(p=0.792)が,MCCS群では,前後比較において、より外的統制型思考に変化する傾向が見られた(p=0.060).SOCの処理可能感,把握可能感においても実習前後の変化に両群間の差は見られなかったが,有意味感においてはMCCS群で上昇傾向が見られたのに対し,従来群では下降傾向が見られた(有意味感p=0.083).指導者の実習指導負担を示すVAS評価では,レポート指導,負担感において従来群の指導で負担をより強く感じていた(p<0.032).フィードバックの項目でも同様の傾向にあった(p=0.066).【考察】 従来の実習では,学生の主体性や紙面上の達成度に主眼が置かれる傾向があるのに対し,CCSは実習生をチームの一員として捉え,見学・模倣・実施の過程をとる診療参加型実習である.この過程の結果,MCCS群は志向性が紙面ではなく患者に向きやすくなり,我々が行う診療をやりがいのあるものとして感じ取りやすい可能性があるのではないだろうか.このためSOCの意味感において,従来群とは正反対の傾向を示したものと考えられる.また,CCSは指導者が学生の能力に応じて実習を展開していくため,MCCS群の学生にとって行動を統制する意識の所在が外的(指導者や実習指導方法)統制型の傾向となるのは,実習形態の特徴ではないだろうか.そして,経験年数に関わらず指導者がMCCSを負担感が少ない方法として捉えた背景には,紙面上の到達度重視から診療参加による経験重視へと実習の要点が変わり,指導者の意図や思考を伝えやすい形態であることが考えられる.本結果より,MCCSは指導者にとって負担を感じにくい実習指導方法であることが認められたが,実習生に対して有効な方法とまでは至らなかった.今後もこの課題を踏まえ,実習の成否は何をもって推し量るかを考慮し,学生・指導者の視点に立った更なる分析が必要であると考える.【理学療法学研究としての意義】 臨床実習前後の実習生における社会心理学的側面と指導者負担を並列して分析したことによって,苦渋する臨床実習教育方法および臨床実習の在り方に示唆を与えた点で意義があると考える.