抄録
【目的】 介護老人保健施設(以下:老健施設)に入所する高齢者の転倒発生率は50%前後と報告される。入所者の約70%が車椅子使用者であることに加え、歩行が可能な者も認知症が重度である場合が多く、老健施設入所者の転倒リスク因子は地域在住者のそれと大きく異なる。昨年の本学術集会で我々は、車椅子使用者の転倒の特徴を後ろ向き調査にて報告した。その結果、車椅子使用者は歩行が可能な者とは転倒の質が異なる事、初回転倒の多くは入所後2カ月以内に発生することを明らかにした。これらの事から、入所早期に移動様式別の転倒リスク評価を行う必要があると考えた。 そこで本研究では、老健施設に入所する高齢者の移動様式別転倒リスク因子を前向き調査から明らかにすることを目的とする。【方法】 大都市近郊A老健施設(入所定員100名)にて、2011年7月~2012年7月の13カ月間に新規入所した要介護高齢者75名(女性59名、平均年齢84.8±7.7歳)を調査対象とした。なお、車椅子全介助者は自発的な活動に起因する転倒発生がないことから対象を除外した。 調査方法は入所時に、先行研究で施設入所者の転倒リスク因子とされる項目から構成した7カテゴリー全29項目(年齢、身体機能、精神機能、生理機能、転倒歴、医学的処置、経済状況)について評価した。入所後は、対象者の転倒について最長6カ月間前向きに追跡調査した。転倒の定義は疾病・死亡の国際統計分類の定義に準じて抽出し、本研究では車椅子からのずり落ちも転倒とした。 分析方法は、対象者の日常的な移動様式により車椅子または歩行(歩行補助具使用含む)に分類し、それぞれの追跡期間中の転倒有無により、車椅子(転倒群/非転倒群)、歩行(転倒群/非転倒群)に分けてリスク因子の検討を行った。 統計学的検討は、2群比較に対応のないt-検定もしくはχ2検定を行い、その後それぞれの移動様式別に転倒リスク因子で有意であった項目をロジスティック回帰分析した。有意水準は5%未満とした。【説明と同意】 調査対象老健施設の内諾を得たのち、大阪府立大学大学院総合リハビリテーション学部研究倫理審査委員会の承認を得て実施した。対象者が認知症である場合は、代諾者に対して同様の説明を行い代諾者の同意によって、対象者が同意したものとみなした。【結果】対象者の平均入所期間は164.9±34.0日であった。対象者の転倒の有無による内訳は、車椅子(転倒群n=22/非転倒群n=30)、歩行(転倒群n=11/非転倒群n=12)であり、移動様式別の転倒発生率は車椅子で42.3%、歩行では47.8%であった。 車椅子(転倒群/非転倒群)2群比較は、FIM得点にて転倒群81.8±21.3点、非転倒群67.8±22.7点と転倒群の得点は有意に高かった。「最近、背中が丸くなった」と回答した割合は、転倒群59.1%、非転倒群26.7%と転倒群が有意に高かった。医学的処置ではベンゾジアゼピン系薬の内服が転倒群で有意に多く、転倒群27.3%、非転倒群6.7%であった。また、全ての転倒者は何らかの服薬を行っていた。歩行(転倒群/非転倒群)2群比較では有意差を認める項目はなかった。 次に、転倒の有意なリスク因子「FIM」「最近、背中が丸くなった」「ベンゾジアゼピン系薬内服」それぞれに年齢、性別を加えた3つのモデル式で分析した。その結果、転倒に有意な関連因子は、「最近、背中が丸くなった」(オッズ比3.9、95%信頼区間1.12-13.49)、FIM得点が高いこと(オッズ比1.03、95%信頼区間1.00-1.06)であった。【考察】 入所時の評価から前向きに転倒リスクを分析した結果、車椅子使用者では「最近、背中が丸くなった」と感じていること、FIMが高得点であることが年齢、性別の影響を調整後も転倒リスク因子であることが示唆された。骨粗鬆症に関連した「最近、背中が丸くなった」という項目が転倒リスクとなる背景には、脊柱構築学的変化のため重心制御能力の低下が生じ、転倒リスクが上昇すると報告されている。 車椅子を使用する老健施設入所者の転倒リスクは、転倒歴や認知機能、身体機能など地域高齢者の転倒リスク因子では判別が困難である一方、骨粗鬆症の影響による姿勢変化や、車椅子使用者としてはADL自立度の高いことがリスク因子になると示唆された。【理学療法研究の意義】 老健施設入所者の70%前後を占める車椅子使用者の転倒リスクを明確にすることで、入所早期から転倒ハイリスク者を特定することが可能となり、利用者及び施設のリスクヘッジに有効である。