抄録
【目的】高齢な大腿骨近位部骨折(大腿骨骨折)患者の退院時日常生活活動(ADL)に対し,入院後比較的早期に入手可能な情報をもとにした影響要因を検討した.その構造は交絡因子も存在し複雑であるため,適切な多変量解析による検討が必要である.そこで,高齢な大腿骨骨折患者の退院時ADLに影響する要因について,データの尺度や母集団分布を仮定しない累積ロジスティック回帰分析を用いて検討した.【方法】対象は,一般病院に入院して手術療法を受け,理学療法を施行された大腿骨骨折患者140名(女性119名)とした.平均年齢は80.2±7.5歳(範囲60歳~95歳),平均入院日数は56.2±21.8日であった. 対象者について,年齢,受傷機転(屋内・屋外),キーパーソンへの聞き取りによる受傷前ADL(Katz’s index[KI]),受傷前の移動機能(移乗可能~屋外歩行で5段階評価),身体機能へ影響すると思われる合併症の数・種類(大腿骨骨折以外の整形外科疾患,中枢神経疾患,循環器系疾患,呼吸器系疾患),術式,入院から手術・理学療法(PT)開始・立位・歩行練習開始までの日数,立位・歩行開始時の知能(CDR)などを評価した.また,退院時ADLについては,退院日前1週間にKIを用いて評価した.なお,これら全ての評価は1名の理学療法士が行った. 退院時ADLに影響する要因を抽出するため,退院時のKI(7段階の順序尺度)を従属変数,その他全ての評価項目を独立変数として,尤度比検定による変数増減法の累積ロジスティック回帰分析を適用した.次に,受傷前のKIがA(全自立)またはB(入浴以外自立)の者のみ99名(平均年齢79.4±8.0歳;女性85名)を対象とし,退院時ADL低下の程度を従属変数,その他全ての評価項目を独立変数とした累積ロジスティック回帰分析による解析を行った.統計的解析には,R2.8.1(CRAN)ならびにSPSS 20.0(日本IBM)を使用した(有意水準5%).【倫理的配慮、説明と同意】この研究はヘルシンキ宣言に沿って行った.評価項目は日常診療で必要な情報であり,観察研究であるがゆえに実験的介入はない.しかし,対象者または家族に対して,研究目的・方法を十分説明した後,同意書を作成した.【結果】KIによる対象者の受傷前ADLは,Aが79名,Bが20名,CとDが8名,Eが11名,Fが8名,Gが6名であった.また,退院時ADLはAが27名,Bが37名,Cが8名,Dが5名,Eが8名,Fが36名,Gが19名であった.受傷前と退院時ADLの連関はクラメールのV係数で0.43であった(p<0.01).入院から荷重練習開始までは平均11.1±10.6日(中央値8日)であった. 退院時ADLに影響する要因はCDR(標準化したえオッズ比4.07),受傷前の移動機能(2.63),年齢(1.93),受傷前の排泄コントロール(1.72)であった(modelχ²検定p<0.01;判別的中率50.4%).Wald検定では,全ての独立変数がp<0.01であった. 受傷前のKIがAまたはBの者のみを対象としたADL低下の程度に影響する要因も,ほぼ上述と同様で,CDR(標準化オッズ比2.85),年齢(2.73),脳卒中の有無・下肢障害の程度(1.63),受傷前の移動機能(1.46),術翌日から立位・歩行練習開始(1.44)であった(modelχ²検定p<0.01;判別的中率51.5%).各独立変数のWald検定では,受傷前の移動機能と術翌日から荷重練習開始が有意ではなく,脳卒中の有無・下肢障害の程度がp<0.05以外はp<0.01であった.【考察】退院時ADLと受傷前ADLの連関係数はさほど大きくなく,受傷前ADLのみを参考として退院時ADLを予測するのは不十分である.解析の結果,退院時ADLには知能の程度や年齢が大きく影響した.これは予想通りの結果だったが,各々の要因を単独に解釈するのではなく,複数要因を組み合わせて判断しなければならない.つまり知能が低下していても,比較的に受傷前の移動機能は良好で年齢も低ければ,予後不良とは限らない.また,受傷前の排泄コントロールの状態も有効な予後判定の基準となる. 受傷前ADLが,ほぼ自立していた者に限っても同様の結果となったが,特に脳卒中による運動麻痺を伴う症例では注意が必要であるということと,手術後早期から立位・歩行練習を行えることが重要となる. また,何れの解析においても判別的中率は良いといいきれないため,PTによる効果やケース毎に配慮すべき要因を再検討することが必要である.【理学療法学研究としての意義】大腿骨骨折患者の機能的予後予測は単純ではない.従って,複雑な統計解析から得られた結果をもとに,適切な解釈・判断が必要となる.また,その判断基準を客観的かつ明確にすることによって,理学療法方針のための有効な情報としていかなければならない.