抄録
【はじめに、目的】 高齢者における身体機能や認知機能は現在の運動習慣のみでなく、若年期、中年期といった過去の定期的な運動習慣の有無が関連していると報告されており、長期的な縦断研究においても、高齢期以前の定期的な運動習慣は高齢期における移動能力やADL能力を維持する因子として挙げられている。一方、高齢期における生活障害の危険因子として、近年注目されているのがサルコペニアであり、その中核症状は骨格筋量、運動機能の低下である。骨格筋量や運動機能は35歳頃をピークに年々減少し始めると報告されており、可能な限り早期から運動を継続することが、サルコペニアを予防するために重要であると考えられる。しかし、高齢期以前の運動習慣の有無に着目して、それが高齢期における骨格筋量に及ぼす影響を検証した研究はない。そこで本研究では、地域在住高齢者における過去及び現在の運動習慣の有無が高齢期の骨格筋量や運動機能に及ぼす影響を明らかにすることを目的とした。【方法】 対象は地域在住高齢女性272名(73.6±5.5歳)とした。顕著な認知機能低下、重度な神経学的・整形外科的疾患の既往を有する者は除外した。全ての対象者の運動機能として10m通常歩行速度、握力を測定した。また、生体電気インピーダンス法により身体組成を計測し、四肢筋量を身長の二乗で補正したSkeletal Muscle mass Index(SMI)を算出した。また、「過去(現在)に定期的な運動をしていました(います)か?」との質問にて、過去の運動習慣の有無、現在の運動習慣の有無を聴取して、それぞれの有無により対象者を4群に分類した(過去現在ともに運動習慣あり:A群、過去あり現在なし:B群、過去なし現在あり:C群、過去現在ともになし:D群)。統計解析は、従属変数をSMI、歩行速度、握力とし、独立変数にA、B、C、D群をダミー変数化した値を、それに調整変数として年齢、BMIを投入した重回帰分析(強制投入法)を行った。統計学的有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は京都大学医の倫理委員会の承認を得て、紙面および口頭にて研究の目的・趣旨を説明し、同意を得られた者を対象者とした。【結果】 群分けの結果、A群106名、B群25名、C群84名、D群57名となった。重回帰分析の結果、A群(SMI:6.35±0.87 kg/m², 歩行速度:1.41±0.26 m/s)と比較して、過去の運動習慣がないC群(6.00±1.08 kg/m², β= -0.15)、D群(5.85±0.92 kg/m², β= -0.16)群はSMIが有意に低いという結果となった(P<. 0.01)。一方、同様にA群と比較して、現在の運動習慣がないB(1.27±0.27 m/s, β= -0.14)、D(1.30±0.25 m/s, β= -0.17)群は歩行速度が有意に遅いという結果となった(P<. 0.05)。握力は、全ての群で有意な差は認められなかった。【考察】 本研究の対象者において、過去の運動習慣を有する者は有さない者と比べ、骨格筋量が多いという結果が示唆された。一方、現在の運動習慣を有する者は有さない者と比べ、歩行速度が速いという結果が示唆された。骨格筋量と運動機能や筋力との関連性は必ずしも明確ではなく、骨格筋量は運動機能や筋力よりも増加に時間を要すると報告されており、骨格筋量を維持するためには、高齢期以前からの定期的な運動習慣が重要な因子のひとつになりうると考える。サルコペニアとは骨格筋量、運動機能の双方の低下を臨床的に定義とするというのが近年のコンセンサスであり、高齢期以前の運動習慣と骨格筋量との関連性を示した本研究の結果は、早期からの運動習慣定着がサルコペニアを予防する上で重要であることを示唆するものであると考える。本研究は横断研究であり、過去の運動習慣とアウトカムとの関連性は厳密とは言い難いが、縦断的な研究を進める上での基礎的研究としての意義は大きいと考える。【理学療法学研究としての意義】 若年期、中年期における定期的な運動習慣は生活習慣病の予防につながるということは数多く報告されているが、本研究の知見により、加えて骨格筋量、運動機能低下を中核症状とするサルコペニアの予防にも関与する可能性が示唆された。このことは、理学療法士として予防という観点からライフコースの早期から定期的な運動を強く推奨する一助となると考えられ、諸々の健康問題の予防・解決に非常に有意義であると考える。