抄録
【はじめに、目的】回復期脳卒中患者の歩行能力の代表的な指標に,歩行速度と歩行安定性がある.歩行速度は,麻痺の重症度や下肢筋力などを反映すると考えられており,日常生活での移動能力として評価される.一方で,歩行安定性は,時間距離因子の変動性(歩行変動性)で評価され,転倒との関連が報告されており,歩行自立の指標となる.この歩行速度と歩行変動性は,必ずしも関連しないことが示唆されているが,それぞれに影響する身体機能について,どの程度の類似性を持つかは検討されていない.両者に影響する身体機能を理解することは,回復期脳卒中患者の歩行能力に対する治療戦略に示唆を与えることができると考える.本研究では,回復期脳卒中患者の歩行速度と歩行変動性に影響する身体機能について検討した.【方法】対象は平成23年8月から24年9月の間に当院回復期病棟に入院し,10m以上の歩行が可能な回復期脳卒中片麻痺患者72名(平均年齢±標準偏差:63.2±13.1歳)であった.診断名は,脳梗塞35名,脳出血35名,クモ膜下出血2名であり,麻痺側は右33名,左39名であった.発症後の平均経過日数は,91.1±40.7日であった.歩行レベルは機能的自立尺度で監視38名,修正自立16名,自立18名であった.測定課題は,至適速度での10m歩行とし,2回測定した.歩行補助具は,対象が普段使用している杖や装具を使用した.歩行速度は,2回測定した平均値を用いた.歩行安定性は歩行変動性を指標とし,10m歩行における歩行周期時間の変動係数を用いた.歩行変動性の指標として,10m歩行における歩行周期時間の変動係数を用いた.歩行周期時間は,対象の第三腰椎棘突起部に固定した小型無線加速度計(ワイヤレステクノロジー社)の前後加速度のピーク値で特定し,定常歩行10周期の変動係数を算出した.身体機能の評価として運動機能,感覚機能,筋緊張,下肢伸展筋力を測定した.運動機能は,Stroke Impairment Assessment Set(SIAS)の下肢項目で評価し,股・膝・足関節の機能をそれぞれ0から5点で採点した.感覚機能は,SIASの表在覚と深部覚をそれぞれ0から3点で採点した.筋緊張は,modified Ashworth scaleを用い,1+を2に換算した0から5の6段階で麻痺側ヒラメ筋を評価した.下肢伸展筋力は,ストレングスエルゴ240(三菱電気エンジニアリング社)を用いて,ペダリング運動中の麻痺側および非麻痺側の最大下肢伸展筋力を評価した.計測モードは,等速性運動(20rpm)とし,5回転中の最大トルクを計測後,体重で除した値を解析に用いた.統計解析は,歩行変数(歩行変動性,歩行速度)を従属変数,身体機能を独立変数として正準相関分析を行った.なお,正準負荷量が0.6以上のものを採用することとした.解析には統計ソフトR2.8.1を用い,有意水準は5%とした.【倫理的配慮、説明と同意】本研究は当院倫理委員会の承認後,ヘルシンキ宣言に則り,対象には事前に研究内容を十分に説明し同意を得た上で,研究を遂行した.【結果】歩行速度と歩行変動性の相関係数は,r = -0.586(95%信頼区間:-0.720 - -0.410)であった.有意であった正準変量は第1正準変量(正準相関係数0.773)であり,歩行速度と歩行変動性が含まれた.第1正準変量において,身体機能は股関節機能,麻痺側下肢伸展筋力,非麻痺側下肢伸展筋力の順に,歩行速度および歩行変動性に影響していた.また,身体機能から受ける影響は歩行変動性よりも歩行速度が強く,歩行速度と歩行変動性の正準負荷量の絶対値はそれぞれ0.997,0.633であった.【考察】回復期脳卒中患者の歩行速度と歩行変動性には,股関節機能と下肢伸展筋力が影響していた.股関節機能は,麻痺側股関節の屈曲運動を評価しており,歩行では麻痺側下肢の振り出し動作に関係すると考えられる.また,下肢伸展筋力は,歩行の支持性を反映すると言われている.しかし,これらの身体機能は,歩行安定性よりも歩行速度により強く影響した.すなわち,歩行安定性は,歩行速度に影響する身体機能とは異なる側面を持つ身体機能の影響も受ける可能性が示唆された.その身体機能として,安定した歩行には、立脚相の支持性や麻痺側下肢の振り出し動作が良好なことに加え、麻痺側立脚相のバランス能力や認知機能も要求されると考えられる.そのため,回復期脳卒中患者の歩行変動性に影響する因子として,バランス能力や認知機能も含めたより精細な検討が必要である.今後の課題として,股関節機能や下肢筋力の改善が歩行安定性の改善に寄与するか,縦断的に検討する必要がある.【理学療法学研究としての意義】回復期脳卒中患者の歩行能力を向上するための理学療法における治療戦略に,重要な示唆を与えることができる点で意義がある.