抄録
【目的】変形性股関節症(変股症)に対する人工股関節全置換術(THA)では,術後経過ともに股関節外転筋力は改善する.片脚立位でのTrendelenburg 現象(T)や Duchenne 徴候(D)は,横断的に外転筋力値や内転筋機能との関連を検討したものが散見されるが,術前後の長期経過を追った報告はなく,外転筋力の改善に伴い片脚立位能力が改善するかは明らかではない.そこで,本研究では術前及び術後2,5ヶ月における片脚立位能力と等尺性外転筋筋力値との関係を検討することを目的とした.【方法】対象は,平成22年7月から平成24年6月までに当大学附属4病院にて手術を施行した変股症によるTHA患者(片側罹患,初回)90例とした(女性65例,右側55例,平均年齢63.4±9.4歳).下肢に明らかな変形や拘縮を有する者は除外した.術前,術後2,5か月後に,片脚立位能力と等尺性外転筋力を評価し,片脚立位能力別の筋力を比較した.片脚立位は,バランスを保持する程度の示指での手すり支持は許可し,5秒間保持させた.骨盤と両肩峰の前額面上の傾斜より,D/Tなし,T,D,DT,困難の5つに分類した.外転筋力は,Hand-held Dynamometer (アニマ社製,ミュータスF-1)を用い,背臥位内外転中間位で5秒間の等尺性筋力を計測した.外転筋力は体重で除したトルク体重比(Nm/kg)で表した. 解析は,術後経過ごとに片脚立位能力別の外転筋力を一元配置分散分析及び多重比較(Tukey) 法にて比較した(有意水準5%).また,解析を進める中で,術後2か月から5か月にかけて筋力改善に伴い片脚立位能力が改善していない症例に関して,追検討を行った.具体的には,術後2か月時の結果より片脚立位可能な外転筋力値をROC曲線によって求めた.5か月時にその筋力に達しD/Tなしとなった者(A群)と,筋力が向上してもDやTを示す者(B群)の疼痛や術前機能を比較した.【説明と同意】当大学倫理委員会の承認を受け,ヘルシンキ宣言に則り施行した.【結果】D/Tなしで片脚立位を保てる者は,術前は90例中5例(6%)であったが,術後2,5か月では13例(15%),43例(48%)に増加した.術後5か月後もおよそ半数の症例にD,T,DTのいずれかが残存した.手術前後での片脚立位能力別の筋力(Nm/kg)は,術前のD/Tなし群は1.14±0.15 で他の群[D(35例):0.57±0.23,T-sign(16例):0.68±0.34,D・T(22例):0.73±0.33,困難(12例):0.46±0.22]に比して有意に高かった.また,術後2か月でもD/Tなし群は1.10±0.52で他の群[D(40例):0.78±0.30,T(7例):0.79±0.18,DT(20例):0.70±0.24,困難(10例):0.55±0.22]に比して有意に高かった.しかし術後5か月では,D/Tなしの人数は増えているものの,筋力は1.00±0.46で他の群[D(27例):0.85±0.31,T(10例):0.90±0.25,DT(10例):0.95±0.42]と比べて差はなかった.術後2か月時にD/Tなしで片脚立位が可能となるための外転筋力は,ROC曲線より0.76Nm/kg(AUC0.75,感度0.77,特異度0.57)と求められた.5か月の時点で,その筋力まで向上しD/TなしとなったA群18例と,筋力が向上してもDやTを示すB群28例の術前機能を比較した.疼痛や術前筋力に差はなかったが,JOAscore(点)はB群が有意に低値を示した(A:80.1±10.2,B:71.1±16.9).【考察】術前や術後2か月においては,片脚立位で骨盤・体幹を水平に保つことができる者は,できない者に比べて外転筋力が有意に高く,片脚立位と外転筋力の関係が高いことが推察された.しかし,術後5か月では必ずしも外転筋力の改善は片脚立位の改善には繋がらず,術前の重症度が影響する可能性を示した.以上より,片脚立位保持にはある程度の外転筋力は必要であるが,その値を満たしても術前の重症度や経過が影響すると考えられる.5か月後は特に体幹を同側へ傾斜させるDが残存しやすい.Dは体幹を側屈させて体重線を骨頭(関節中心)に近づける方法であると同時に,骨盤を同側に傾斜させることで股関節の被覆率を大きくして単位面積当たりの接触率を低下させ疼痛を回避できる.術前の重症度が高い者ほど身体の使い方は習慣化され,体幹での代償が大きかったと考えられる.手術で股関節自体の痛みが解消し筋力が改善されても,片脚立位を改善するには,体幹機能の再学習の必要性が示唆された.本研究での検討は外転筋力のみであり,筋機能の質や発揮のタイミング,股関節深層筋や体幹筋機能,あるいは他関節機能など検討すべき点は多い.また,片脚立位能力についてもD/T-signの程度や前額面以外の要素も含めて検討していきたい.【理学療法学研究としての意義】術後経過をみると片脚立位能力の改善は,外転筋力のみでなく術前機能も影響する可能性が示された.片脚立位に影響する因子を明らかにすることで,患者に適切な目標値を提示できると考える.