抄録
【目的】入院患者における病棟自立歩行の可否判断は、様々な方法や指標が用いられ、特に脳卒中疾患や、回復期といった病期の報告が多い。一方で、大腿骨近位部骨折の手術後や、急性期、亜急性期の病期においては一定の見解がなされていない現状がある。そこで本研究は、当院における大腿骨近位部骨折手術後の急性期、亜急性期を対象として、病棟自立歩行のカットオフ値を検討することを目的とした。【方法】対象は2010 年10 月から2012 年6 月に当院で大腿骨近位部骨折の手術後、理学療法を行った入院患者より、杖を用いた近位見守り以上の歩行が可能であり、口頭指示が理解できる者56 名とした。平均年齢は77 歳(45 −91 歳)、男性7 名、女性49 名、術後から測定までの日数は平均30.1 日であった。骨折分類は、頚部骨折41 名、転子部骨折15 名、術式は人工骨頭置換術20 名、PFNA18 名、ハンソンピン14 名、DHS3 名、THA1 名であった。除外基準は、手術後7 日以内の者、対側の大腿骨近位部骨折の手術歴がある者、認知症を有する者、杖使用を拒否した者とした。方法として、対象56 名を病棟で杖歩行、もしくは独歩が自立している25 名(以下自立群:男性4 名,女性21 名,平均年齢71 歳)と、見守りや他の補助具が必要な31 名(以下非自立群:男性3 名,女性28 名,平均年齢81 歳)に分け、年齢、身長、体重、BMI、血清アルブミン値、疾患、術式、手術から測定までの日数、TUGを比較検討した。なお、自立の基準は50m以上歩行が可能であり、かつ担当セラピストの主観的判断とした。そして、2 群に有意な差を認めた項目について、病棟歩行の自立を予測する為のカットオフ値を算出した。統計学的検討として、2 群の比較にはMann-WhitneyのU検定とFisherの直接確率検定、カットオフ値算出にはReceiver Operating Characteristic Curve(以下ROC曲線)を用いた。有意水準は5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】ヘルシンキ宣言に基づき、対象者全員には本研究の主旨を説明し、同意を得た。【結果】自立群、非自立群の比較ではTUG、年齢に有意差を認め、自立群はTUGが速く、年齢が若い結果となった。他の項目では有意差を認めなかった。TUGが16.7 秒以下で全員病棟歩行は自立、26 秒以上で全員非自立であった。年齢は66 歳以下であると全員病棟歩行は自立、89 歳より高齢で全員非自立であった。病棟歩行自立について、TUGのカットオフ値は19.7 秒(感度0.88、特異度0.87)、年齢のカットオフ値は77.5 歳(感度0.36、特異度0.29)であった。【考察】これまで病棟自立歩行の判定は、脳卒中疾患や回復期による報告が多く、大腿骨近位部骨折や、急性期、亜急性期の病期については少ない現状であった。その為、今回大腿骨近位部骨折患者にてTUGを用い、病棟自立歩行のカットオフ値を検討した。結果、自立群ではTUGが有意に速く、カットオフ値は19.7 秒であった。また自立群では年齢が有意に若かったが、自立のカットオフ値は感度、特異度とも低い結果であった。入院患者における先行研究では、入院高齢患者にてTUG20 秒以内で屋外外出可能レベル、回復期病棟の脳卒中患者では病院内実用歩行の目安として20 秒、院外実用歩行は17 秒とされており、類似した報告が多い。今回の結果からは疾患、病期の違いを考慮する必要があるが、大腿骨近位部骨折術後患者の急性期、亜急性期においても、病棟自立歩行のカットオフ値は約20 秒が現実的な値と推察される。一方、地域高齢者を対象とした研究では、TUG平均値は15 秒、転倒予測カットオフ値は13.5 秒や10 −12 秒とされ、カットオフ値が速い。この要因として、転倒の有無を基準としたカットオフ値の報告や、歩行環境や自立の条件が報告により異なることが考えられる。よって、歩行自立の判断において既存のカットオフ値を用いる際には、歩行環境や歩行距離などの基準を参照して、適合する基準であるかを考慮する必要が考えられた。以上より、大腿骨近位部骨折手術後患者の急性期、亜急性期において、病棟歩行が自立する為のTUGカットオフ値は19.7 秒であり、16.7 秒以下であると、全員病棟杖歩行が自立することが示唆された。【理学療法学研究としての意義】本研究では、大腿骨近位部骨折手術後患者の病棟自立歩行のカットオフ値を、動的バランス、移動能力評価の一つであるTUGを用いて示した。今後他要因にも着目し研究を継続する事で、臨床での有効な指標の1 つになると考える。