抄録
【はじめに、目的】2 型糖尿病モデルマウスの視床下部で、覚醒・注意に働くオレキシン(OX)神経ペプチドの前駆体mRNAが減少していることが報告された。また、OXの作用として骨格筋の循環応答への関与が報告されている。2 型糖尿病に対する運動療法は、末梢臓器に加え中枢神経への影響も検討が必要である。しかし、運動の程度と諸臓器の病変との関連、およびそのメカニズムは不明である。病態下で健常モデルでの方法や効果が同じように当てはまるとは言い難い。そこで本研究では、2 型糖尿病に対する運動療法の効果を検証するため、2 型糖尿病モデルマウスに対して強度の異なる運動を負荷し、OX神経活性と筋組織の変化を観察した。【方法】和歌山県立医科大学で継代飼育されたC57BL/KsJ系マウスにレプチン受容体異常(劣性突然変異)が生じたdb/db マウスと、対照として同腹子のm/db マウスを用いた。db/db は、レプチンによる摂食抑制が効かないため過食となり、高血糖、肥満を示す。マウスは、動物用トレッドミルで運動負荷を与える運動群と運動負荷を与えない(Sedentary: S)群に、さらに運動群は低負荷運動(LE: 7m/min)群と、漸増的に負荷を増加させる高負荷運動(HE: 7-15m/min)群に分けた。運動群は13 週齢より1 日60 分、週5 日、4 週間継続した。最終運動の1 時間後にイソフルラン吸入による深麻酔下で、4%パラフォルムアルデヒド液により潅流固定し、脳、左の下腿後面筋(腓腹筋、ヒラメ筋、足底筋)を採取した。試料はクリオスタットで凍結切片を作成した。右下腿後面筋は、深麻酔下で採取し湿潤重量を測定し、体重に対する比率(筋体重比mg/g)を算出した。OX神経活性は、抗OX抗体とC-Fos抗体(脳活性マーカー)を用い、筋は遅筋のマーカーであるMHC (myosin heavy chain)-slow抗体とDystrophin(細胞膜タンパク)抗体を用い、それぞれ蛍光二重免疫染色法を施した。OX神経活性は、OX陽性細胞にC-Fos陽性細胞が重なった割合により定量化した。また、成熟マクロファージのマーカーであるF4/80 抗体による免疫染色で、筋のマクロファージ浸潤を観察した。分析にはImageJ software (National Institutes of Health) を、統計処理にはMicrosoft Excel Statcel 3 (4 steps, OMS出版社) を用いた。【倫理的配慮、説明と同意】本研究は、和歌山県立医科大学動物実験委員会の承認を得ており(承認番号:502)、全ての実験は当大学の動物実験等の実施に関する規程に則って行った。【結果】OX神経活性は、db/dbのS群(平均12.7%)は、m/dbのS群(平均31.0%)に比べ有意に低下していた。db/dbのLE群(平均34.0%)はdb/db のS群に比べ有意に増加し、m/db の3 つのグループとの間に有意差がなかった。m/db では運動により増加傾向を示したが、それぞれの間に有意差はなかった。db/db のS群とHE群の間に有意差はなかった。体重差は、db/dbはm/dbの約1.5倍だったが、筋体重比はm/dbS群(平均5.5)に対しdb/dbS群(2.5)では著明に低下していた。運動により、m/db は速筋の肥大、遅筋の比率増加という健常モデルと同様の変化を示したが、db/db では、速筋断面積は低下し、筋でのマクロファージ浸潤が認められた。特にdb/dbHE群は、筋だけでなく脛骨神経にもマクロファージの浸潤を認めた。【考察】db/db マウスの低負荷運動ではオレキシン神経の著明な活性化が認められたが、高負荷運動ではOX神経活性の上昇を認めず、筋断面積の減少と筋へのマクロファージ浸潤が見られたことより、高負荷運動が2 型糖尿病の筋病変を悪化させる可能性が示唆された。また、OX神経の働きが低下していることで運動に対する筋への循環応答が困難となり、それが筋への負担を助長した可能性も考えられた。【理学療法学研究としての意義】病態下での運動に対する組織変化のデータとして、今後の2 型糖尿病患者の理学療法のリスク管理を考える上で重要なデータである。