抄録
【はじめに、目的】 癌性腹水貯留患者のリハビリテーションの効果に関する研究は、現在のところ全く報告されていない。腹水貯留は拘束性換気障害を来す因子となるため、呼吸困難を来しやすい。さらに、腹水貯留により電解質異常や全身倦怠感を来たし、結果として廃用症候群を引き起こす一因となる。そのため、癌性腹水貯留患者においてもリハビリテーションにより、身体能力やADL、健康関連QOLを改善させることが期待される。本研究の目的は、リハビリテーション施行前後で、呼吸機能、筋力、運動耐容能、ADL、健康関連QOL、セルフエフィカシーに与える影響について検討することである。【方法】 本研究は、医療機関が通常行っている治療の結果に基づく後方視的観察研究である。対象は、平成23年12月1日から平成24年8月31日までに当院に入院し、主治医より癌の告知をされており、リハビリテーションが処方された癌性腹水患者において、後方視的に20名を診療録から情報を収集した。リハビリテーション施行前後で、呼吸機能、筋力(握力、膝伸展筋力)、運動耐容能(6分間歩行試験:6MWD)、ADL(FIM)、健康関連QOL(SF36の8つの下位尺度)、セルフエフィカシー(状態不安、特性不安)、予後栄養指数(PNI)を施行前と施行4週後で比較・検討した。統計分析には、施行前後の比較は対応のあるt検定、相関に関してはSpeamanの相関係数を用いた。さらにHRQOLの下位尺度を従属変数とし独立変数の傾向を探る目的で、重回帰分析(Step wise法)を用いた。解析ソフトには、SPSS15.0J for Windowsを用い、有意水準は危険率5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は、当院倫理委員会の承諾を受けて実施した(承認No.2011-018号)。本研究は後方視的観察研究で介入は一切なく既存資料のみを用いるため、患者個人に研究の同意取得は必須とされていないが、当該研究の目的を含む研究の実施についての情報を公開するため、本研究施設内に研究計画書等の詳細資料を閲覧できる場所を設けた。【結果】 リハビリテーション施行前後で膝伸展筋力、6MWD、ADL、健康関連QOL、セルフエフィカシーの項目は有意に改善したが、呼吸機能、握力は改善しなかった。PNIは、施行前33.77±6.11、施行後33.67±7.82と差はなく、4週後には減少する傾向を示した。SF36の下位尺度との相関に関しては、膝伸展筋力とMHの間に正の相関がみられ、6MWDとPF、GH、MHの間に正の相関がみられた。状態不安とPF、VT、SF、MHの間に負の相関がみられ、特性不安とGH、VT、MHの間に負の相関がみられた。またSH36の下位尺度を独立変数として採択された項目は、膝伸展筋力、6MWD、状態不安、特性不安であった。【考察】 腹水の治療には水分・塩分制限、利尿剤やアルブミン製剤使用による薬物療法、腹腔穿刺、腹水濾過濃縮再静注法、腹腔-静脈シャント術などがあげられる。しかし、これらの治療を行っても悪液質による筋力、運動耐容能低下を来し、廃用症候群を進行させてしまう。この廃用症候群に対してはリハビリテーションが必要であり、全身状態が落ち着いていれば癌性腹水貯留患者においても、リハビリテーションが有効であると考えられる。腹水の治療による呼吸機能の改善はみられなかったが、リハビリテーションにより筋力、運動耐容能が向上しADLやHRQOL、セルフエフィカシーの改善がなされたと考えられる。 癌患者に対する栄養療法の効果に関する多くの報告がある。本研究の対象者は補助食品の摂取による栄養療法は行っていないため、栄養状態の改善には至らなかった。栄養療法を併用していればより筋力や運動耐容能の向上が図られたものと思われた。癌性腹水貯留患者に対するリハビリテーションと栄養療法の併用は、今後の検討課題である。【理学療法学研究としての意義】 癌性腹水貯留患者は呼吸困難や廃用症候群を来すが、病状が安定していればリハビリテーションによりADL、健康関連QOL、セルフエフィカシーが改善することが可能である。今後、症例数を増やし、様々な因子の因果関係をより明確にすることが重要であると考えられた。