抄録
【はじめに、目的】理学療法介入は対象者と施行者の影響を受けると予想される。その関連性を明らかにすることは、臨床推論の礎となり、理学療法教育に有益と考えられる。我々は入院脳卒中者の理学療法で実施される移乗や歩行などの一部の活動の実施時間は、脳卒中者の影響を受けることを報告してきた。一方、施行者である理学療法士の影響は検証されていない。本研究の目的は、脳卒中の理学療法に理学療法士が影響を受けている治療概念が、施行された活動の実施時間に及ぼす影響を検証することである。【方法】対象は9つの医療施設の合計85名の理学療法士とした。平均年齢は27.2歳(標準偏差4.1)、平均経験年数は3.6年(3.4)であった。脳卒中の理学療法に影響を受けている治療概念に関するアンケート調査を実施した。また、各理学療法士は担当の入院中脳卒中者に対して自ら施行した理学療法のうち、1週間の任意の3日間の介入内容を、規定の理学療法介入内容記録用紙に記録した。記録用紙に記載する活動は準備的活動、ベッド上動作、座位、移乗、立ち上がり、車椅子移動、歩行準備活動、歩行、応用歩行、屋外移動、その他とし、各活動の実施時間を5分単位で記録した。脳卒中者は男性119名、女性97名、平均年齢は71.2歳(12.9)、平均罹患日数173.9日(400.6)、麻痺側は右92名、左97名、両側27名、Modified Rankin Scale中央値4(四分位範囲、以下IQR4.75-3.00)、Functional Independence Measureによる歩行の実行状況(以下歩行FIM)中央値2(IQR4.75-1.00)であった。解析にあたり、各活動の3日間の平均実施時間を従属変数、共変量を理学療法士の経験年数および脳卒中者の年齢、罹患日数、歩行FIMとし、独立変数を治療概念の影響の有無として共分散分析を行った。なお、解析対象とした治療概念は、影響を受けている割合が多かった3つとした。有意水準は5%とした。統計解析にはSPSS11.0 for windowsを用いた。【倫理的配慮、説明と同意】理学療法士に目的と内容の説明を行い、書面への同意署名を得た。【結果】影響を受けている治療概念で多かったものは、Neurodevelopment treatment(以下NDT、38.8%)、Proprioceptive neuromuscular facilitation(以下PNF、25.9%)、課題指向型アプローチ(24.7%)であった。1回の理学療法実施時間は平均44.0分(14.9)であった。また、各活動の平均実施時間は多い順に歩行8.3分(8.0)、準備的活動7.7分(6.9)、座位5.9分(6.1)、ベッド上動作5.8分(6.7)、立ち座り5.6分(5.0)、歩行準備活動3.3分(5.1)、その他2.1分(4.6)、応用歩行1.7分(3.8)、移乗1.3分(2.4)、車椅子駆動0.9分(2.2)、屋外歩行0.6分(2.6)であった。共分散分析の結果、歩行準備活動の平均実施時間を従属変数、NDTの影響の有無を独立変数とした場合のみ有意な差が認められた(F=6.65、p<0.05)。平均時間はNDTの影響なし2.5分(4.1)、影響あり4.7分(6.3)であった。PNFおよび課題指向型アプローチの影響の有無を独立変数とした場合、いずれの活動の平均実施時間においても有意な差は認められなかった。【考察】NDTの影響を受けている理学療法士は、歩行の準備段階に費やす時間が多かった。NDTは中枢神経系の可塑性に着目し、中枢神経の障害に起因する機能改善を目指す概念とされている。NDTの影響を受けているとした理学療法士は歩行介入の前段階として、立位での筋緊張や姿勢、バランスなどの調整を多く実施していたことが反映されたと考えられる。しかし、その他の治療概念との関連性は乏しかった。脳卒中者の日常生活活動や歩行の実施状況と一部の活動時間には有意な関連性を認めた報告(篠原ら、2011)と併せると、実施される活動は施行者よりも対象者の影響が強いことが示唆された。一方、理学療法士が影響を受けている治療概念は、脳卒中者に対して施行する活動時間ではなく、活動の目的(運動学習、バランストレーニングなど)など、介入の他の側面に影響を与えている可能性がある。本研究の限界として、影響を受けている治療概念は自己申告によるものであり、各治療概念が適切に用いられているかという妥当性については検証できていない。また、近年は特定の治療概念に囚われず、システム理論を基盤とした治療概念への変遷が背景にある可能性もあると考えられた。【理学療法学研究としての意義】理学療法士の治療概念は脳卒中の理学療法内容に影響を及ぼすと経験的に思われたが、本研究における活動の実施時間とほとんど関連を認めなかった。治療概念に関しては更なる検証が必要ではあるものの、脳卒中者に対する理学療法の選択、決定は治療概念以外の影響の方が大きいことが示唆された。