抄録
【はじめに、目的】ミラーセラピー(以下,MT)は脳卒中患者の上肢運動機能や半側視空間無視などに対し有効性が示されている.その作用機序の1つとして麻痺肢があたかも正常に動いているような運動錯覚が惹起されることが挙げられる.しかし,運動錯覚の起こりやすさは個人差があり,またその評価は主観的な方法しかない.近年ラバーハンド錯覚誘起時の上肢皮膚温低下が報告されており,皮膚温の測定によりMT時の運動錯覚の有無を客観的に評価できるかもしれない.そこで本研究では健常者と脳卒中患者においてMT介入時の即時的な上肢皮膚温変化を調査した.また,MTでは非麻痺側肢の鏡像という視覚情報が麻痺側肢の体性感覚情報と照合されることが重要と考えられる.そこで類似した能力が必要とされる手の左右認識課題(以下HLT)との関連も調査した.【方法】対象は健常者20名,脳卒中患者18名(CVA群)とし,健常者をミラーセラピー群(MT群)10名,コントロール群(CR群)10名にランダムに割り付けた.MT群およびCVA群にはMT介入,CR群にはシャム介入を行った.介入時はMT群とCR群では右上肢のみ,CVA群では非麻痺側上肢のみを運動するよう指示した.その際,対象者の正面に鏡を設置し,運動肢側から鏡像を観察して非運動肢の位置と一致するよう調整した.CR群では鏡をカバーで覆い,同様の運動を実施した.運動項目は前腕,手関節,手指の運動を含む5項目とし,1セッションに各項目を20回ずつ実施した.各参加者は3セッションずつ実施した.全対象者において上肢皮膚温変化およびHLTの反応時間と正答率を測定した.皮膚温は赤外線式体温計を用いて介入2分前,介入直前,介入直後,介入2分後に左右の肘,手首,手指の3部位においてそれぞれ3回ずつ測定し,平均値を測定値とした.HLTはE-prime2.0を用いて実験プログラムを作成し,パソコンモニタに手の写真をランダムに表示し,参加者に各写真が右手か左手かを判別させ,対応するボタンを押すよう指示した.課題写真は左右手の手背面および手掌面の正面を基準として60°ずつ回転させた24種類を1ブロックとした.各参加者は計4ブロックずつ実施した.CVA群,MT群においてはMT介入時の非運動肢の運動錯覚と身体所有感の強さを評価した.さらに,CVA群ではFugl-Meyer(FM)の上肢,手指,表在覚,深部覚の項目を評価した. 統計学的分析はMT群,CR群,CVA群それぞれの肘,手首,手指の皮膚温に関して手の左右の要因および評価時期の2要因について対応のある2元配置分散分析を用いて検定し,Bonferroni法による多重比較を行った.また,CVA群のうちHLTの正答率が85%以上の群と85%未満の群に分け,皮膚温変化値を対応のないt検定を用いて群間で比較した.有意水準を5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】本研究は当院規定の承認を受け実施した.また,研究参加者全員に対し本研究の説明を行い,書面にて同意を得た.【結果】皮膚温に関してMT群およびCR群は同様の変化を示し,右肘・手首において介入直後に有意な上昇(p<0.01)が認められ,左肘において有意な低下(p<0.01)が認められた.一方CVA群の非麻痺側上肢では肘,手首,手指において有意な上昇(p<0.01)が認められ,麻痺側上肢では手指において有意な上昇(p<0.01),肘において有意な低下(p<0.01)が認められた.またCVA群のうちHLTの正答率が85%以上の群では85%未満の群と比較して介入前後の手指皮膚温が有意に上昇した(p=0.013).【考察】健常者では介入後に運動した肢に対応した皮膚温変化がみとめられた.一方,脳卒中患者では非運動肢である麻痺側手指にも有意な皮膚温上昇がみとめられた.これはラバーハンド錯覚の先行研究とは反対にMT時の運動錯覚により低下していた麻痺側上肢の認識が高まったために皮膚温が上昇したと考えられる.また,課題が手指の運動を多く含んでいたために特に手指の皮膚温が上昇したと考えられる.さらにHLTの正答率が高い群では手指皮膚温上昇が大きかったが,これはHLTで示される視覚情報を自らの体性感覚情報と照合する能力が高いために,MTによって麻痺側手指の認識がより高まったためではないかと推察される.以上より,MT実施時に皮膚温変化やHLTを合わせて評価することでより治療効果が期待できる患者を抽出できる可能性が示唆された.【理学療法学研究としての意義】MTはコクランシステマティックレビューにおいても有効性が報告されているが,最も治療効果が望める患者の特性については未だわかっていない.今回,即時的ではあるが皮膚温変化が脳卒中群のみで認められたことから,麻痺手の認識が低下している脳卒中患者においてMTが有効に作用しているかの一指標として上肢皮膚温を用いることができることが示唆された.