抄録
【はじめに、目的】要介護状態である施設入所高齢者は身体機能や認知機能が低く,転倒・骨折はより重篤な介護状態へつながる可能性が高いため,社会的に重要な問題である。施設における転倒率は15~42%と報告されており地域在住高齢者で報告されている転倒率の10~20%よりかなり高い。松井(2006)は,施設入所者の最も転倒発生頻度の高い行為は移乗動作であることを示しているが,移乗動作での転倒の原因などを詳細に検討している報告は見られない。施設入所高齢者の移乗動作による転倒に関連する評価項目を明らかにすることは,転倒に介入する上で重要である。本研究の目的は,施設入所者の移乗動作に関連する危険行動を評価するための転倒回避能力(Fall Avoidance Ability:FAA)評価を考案し,この評価と運動機能,認知機能,日常生活能力などとの関連性,および転倒回避能力と転倒との関連を多施設間にて調査することとした。【方法】愛知県内の9つの老人保健施設の協力を得て,日常的に車椅子を使用している101名(85.4±7.4歳)の施設入所高齢者を対象とした。過去1年以内の転倒数を全転倒数と移乗動作による転倒数に分類し,後向きに調査した。調査項目は,一般情報(年齢,要介護度,主傷病名),日常生活能力(Functional Independence Measure:FIM),認知機能(Mini-Mental State Examination:MMSE,線分抹消検査,Trail Making Test:TMT)および運動機能(Performance-Orientd Mobility Assessment:POMA,最大閉脚立位時間,最大閉眼立位時間),島田ら(2004)の転倒関連行動指標(得点,危険行動の項目数),FAAとした。FAAは車椅子からベッドへの移乗動作中のブレーキの操作,フットレストの操作,適切な距離への接近の3項目を可(1点)・不可(0点)の2件法にて1日3回,3日間評価(総得点27点)した。【倫理的配慮、説明と同意】施設長,リハビリテーション責任者および対象者または代諾者に本研究の趣旨と倫理的配慮について説明し,研究参加の同意を得た。【結果】過去1年以内に転倒した者は61名(60.4%)で,その内移乗動作により転倒した者は43名(70.5%)であった。全転倒者を移乗による転倒の有無で比較したところ,FIMとPOMAのみ有意差があった(p = 0.01)。移乗による転倒の有無を目的変数とし,主要な各測定項目を強制投入した多重ロジスティック回帰分析の結果,FAA総得点が有意な変数として検出された(オッズ比0.85 ,p < 0.05)。FAA総得点と各測定項目との相関は,FIM(r = 0.31~0.35),認知機能項目(r = 0.23~0.27),FAA各項目(r = 0.86~0.58),危険行動の項目数(r = -0.3)が有意であった(全てp < 0.05)。【考察】先行研究における施設入所者の転倒率(15~42%)と比較し,本研究では60.4%と著明に多く,転倒者の内,移乗による転倒経験を有する者は70.5%を占めた。車椅子使用者は身体的虚弱性を持ちながら日常で移乗を反復することから転倒数が増加にしたと推測された。認知症を呈する高齢者に対して島田ら(2004)は行動面を評価する有用性を明らかにしていることから,本研究は,特に移乗動作時の危険行動を直接評価するFAA評価が移乗による転倒に関連すると仮説をたて,多施設間で調査した。移乗動作による転倒の有無で比較したところ,FAAのいずれの項目においても有意差はなかったが,ロジスティック回帰分析の結果,FAA総得点のみが移乗による転倒の有無と有意に関連する変数として検出され(オッズ比0.85),移乗動作における転倒経験者はFAAが低いという関係があることが示唆された。また,本研究の結果,FAA総得点は,日常生活能力,認知機能および転倒関連行動指標と有意な相関を認めたことから,基準関連妥当性を満たすことが示された。以上のことから,FAA評価は施設入所高齢者の移乗動作による転倒と関連する行動評価として有用性があることが示唆された。【理学療法学研究としての意義】本研究は,施設入所高齢者に最も多い移乗による転倒の要因の一部を明らかにしたものであり,施設における転倒リスクの評価,および転倒予防への取り組みに有用な情報を提供するものである。尚,本研究は平成23年度理学療法士協会研究助成を受けた。