抄録
【はじめに、目的】 ボバース概念に基づく理学療法では,脳性まひの異常な運動パターンの出現を少なくすると同時に正常に近い運動を経験させ,抗重力位での機能獲得を支援する。しかし,この治療法が脳性まひの機能獲得を推し進めるというエビデンスは十分に立証されていない。そこで,我々はこの概念に基づく理学療法により痙直型両まひ児の起立動作がどのように変化するか三次元動作解析法を用いて症例研究を行った。その結果,理学療法介入により体幹前傾角度の減少や足関節背屈角度の増加などの所見が観察された。これらの結果より,ボバース概念に基づく理学療法は対象児の動作効率を改善されたと結論付けたが,シングルケースレベルの知見であり,その普遍性は得られていない。そこで,我々は研究の対象者数を増やし,この概念に基づく理学療法が脳性まひ児の動作に及ぼす影響を明らかにすることを目的に本研究を実施した。【方法】 本研究は,ボバース概念に基づく理学療法(以下,理学療法と略す)前後の脳性まひ児の動作を比較するデザインである。ちなみに理学療法は,神経発達学的治療法の認定を受けた理学療法士が40分間介入した。 対象は,自力で椅子から立位を保持できない粗大運動機能分類システムでレベルⅢに該当する4-7歳までの痙直型両まひ児5名(平均月齢59.4か月)とした。なお,対照群として健常児5名(平均月齢60.4か月)を設定した。 課題動作は,手すりを用いた椅子からの起立動作とした。椅子は背もたれ・肘掛のないもので,対象児の下腿長と同じ高さに設定したものを使用した。手すりは対象児の座位姿勢時に肩関節を90度屈曲させた高さに調整し,上肢長と同じ距離に設置した。椅子の上には,体重が3kg以下になると電圧(V)が低下する独自に製作した圧センサーを設置した。このような環境下で,対象児には両側の肩峰・大転子・膝関節・外果・第5中足骨にマーカーを貼付し,裸足で(速度を規定せず)3回の動作を実施させた。この動作を,身体の両側斜め前方と側方に設置した4台のカメラ(30Hz)で記録し,三次元動作解析ソフト(Kinema Tracer:キッセイコムテック社製)を用いて解析した。なお,圧センサーと映像データは同期設定済みである。記録した3回の動作のうち,動作の所要時間が最も速いものを解析対象として,10肢分の体幹・股関節・膝関節・足関節の屈曲(背屈)関節角度を抽出した。そして,各部位の動作開始時・殿部離床時・動作終了時の値を算出した。 統計処理については,理学療法前後の変化は対応のあるT検定を用いた。また,また対照群と治療前後の各データを比較には,対応のないT検定を用いた。有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は,大阪府立大学研究倫理委員会の承諾(受付番号2009-04)を得て,保護者にその目的を十分に説明し,書面で同意を得たうえで実施した。【結果】 動作開始時の関節角度は,理学療法前後では股関節屈曲のみ有意に増加した。続いて,殿部離床時において体幹屈曲は有意に減少し,股関節屈曲および足関節背屈は有意に増加した。最後に,動作終了時では体幹屈曲は有意に減少し,足関節背屈は有意に増加した。次に対照群と比較すると,理学療法前は殿部離床時において体幹屈曲は有意に大きくなり,足関節背屈では有意に小さくなった。しかし,理学療法後はすべての部位において有意な差を認めなかった。【考察】 今回の結果は,理学療法介入により対象児群の抗重力運動を誘発し,異常な運動パターンの出現を減少させ,正常に近い運動が引き出したことを示唆する。また,理学療法後の動作は,対照群の動作と比較し,関節角度の値が近似する傾向が確認された。ボバース概念に基づく理学療法は,即時的効果ではあるが痙直型両まひ児の動作改善に寄与することを裏付けする所見といえる。【理学療法学研究としての意義】 我々が日常の臨床で実践している脳性麻痺児に対する理学療法の効果判定は ,対象児の症状・重症度の差,セラピスト間の治療テクニックの相違という観点で厳密な判定は困難である。しかし,一人のセラピストによる介入が脳性麻痺児の動作の変化に一定の傾向を見いだせた点は,今後の理学療法の新たな展開を開くことに寄与するものと思われる。【謝辞】 本研究は,日本学術振興会科研費(若手研究B,課題番号:23700618)の助成を受け実施した。