抄録
【はじめに、目的】近年、日常生活動作練習等を通じて転倒恐怖の軽減を試みた報告など散見されるが、床での立ち座り練習との関連を報告したものは少ない。そこで我々は、予備検討として、床での立ち座り練習の実践が転倒自己効力感や身体能力の向上に関連するか、ABA型デザインを用いて検証した。結果、転倒自己効力感や身体能力に肯定的な影響を与えていることが示された。本研究では、対象者数を複数名とし、床での立ち座り練習が転倒自己効力感の向上に寄与するか、他の身体能力の評価も含めて検証していくこととした。【方法】対象は、転倒により受傷した大腿骨頚部骨折患者7 名とした。取り込み基準は、全荷重が可能な者、改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)21 点以上とした。除外基準は、骨粗鬆症の診断を受けている者、関節疾患に伴う慢性疼痛を有する者、転倒恐怖が無い者とした。転倒恐怖は、先行研究(村上ら2008)を参考に、日本語版Modified Falls Efficacy Scale(MFES)総得点の140 点満点を転倒恐怖無し、139 点以下を転倒恐怖有りとした。対象者の内訳は、男性2 名、女性5 名(平均年齢70.7 ± 10.3 歳)で、人工骨頭置換術施行者4 名、Proximal Femoral Nail Antirotation施行者2 名、γ-nail施行者1 名であった。受傷してから当院入院までの平均日数は29.7 ± 14.7 日であった。方法は、1 日の理学療法を3 〜5 単位実施している7 名の対象者に、通常の理学療法時間を短縮させ、床での立ち座り練習を1 日の理学療法中に15 〜20 分施行し、それを1 週間に5 回行うこととした。介入時期は入院後2 週間以内とした。床での立ち座り練習の定義は、静的立位から床に座る、静的床座位から立位となることとした。その際、立ち座りのために必要とする手支持台の有無は問わず、介助に関しては最小限とした。評価項目は、MFES、Timed Up and Go Test(TUG)、Berg Balance Scale(BBS)、10m最大歩行速度(10m Maximum Walking Speed;10MWS)とし、測定者は担当理学療法士とした。測定時期は、介入前・後の計2 回とした。尚、MFESは心理的評価であるため、時刻、測定場所は統一し、環境面に配慮した。統計学的処理は、各評価結果にShapiro-Wilk検定を行った後、介入前後の比較を対応のあるt検定およびWilcoxonの符号付順位検定を行った。また、介入前後の差分を介入前値で除した値を変化率とし、MFESとTUG、BBS、10MWSの関連性をPearsonの相関係数およびSpearmanの順位相関係数を用いて検討した。統計解析ソフトはDr.SPSSIIforWindowsを用い、有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】平成23 年12 月に当院倫理審査委員会にて承認。対象者には、口頭と書面を用い十分な説明をした後、文書にて同意を得た。【結果】大腿骨頚部骨折患者7 名における介入前の平均±標準偏差(範囲)は、MFESが80.71 ± 46.93(17-132)点、TUGが11.63 ± 3.34(7.30-15.70)秒、BBSが55.29 ± 4.23(44-56)点、10MWSが61.97 ± 17.68(28.49-82.76)m/minであった。介入後は、MFESが100.14 ± 42.17(18-139)点、TUGが10.12 ± 3.09(6.90-16.30)秒、BBSが54.14 ± 2.27(50-56)点、10MWS が75.50 ± 15.99(50.55-98.36)m/minであった。MFESは総得点の分布より、満点に近い高得点群(3 名)と、70 点以下の低得点群(4 名)に大別された。MFES高得点群の平均±標準偏差(範囲)は、介入前が127.67 ± 5.86(121-132)点、介入後が134.00 ± 4.58(130-139)点であった。一方、MFES低得点群の平均±標準偏差(範囲)は、介入前が45.5 ± 22.92(17-66)点、介入後が74.75 ± 39.20(18-107)点であった。介入前後の比較による有意確率は、MFESがp=0.143、TUGがp=0.099、BBS がp=0.129、10MWSがp=0.044 であった。MFESの変化率とTUG、BBS、10MWSの各変化率との相関関係は、それぞれr=0.82(p=0.02)、rs=0.19(p=0.67)、r=-0.68(p=0.09)であり、MFESとTUGとの間に有意な強い相関関係が認められた。【考察】介入前後の比較は、10MWSが介入効果を認めた。10MWSは筋力と相関関係があると報告されており、今回の床での立ち座り練習の反復が、歩行に必要な筋群の強化に関与したのではないかと考えられた。また、変化率ではMFESとTUGに負の相関があったことから、自己効力感の向上が歩行能力の向上に寄与する可能性が示唆された。一方、介入前後に有意差を認めなかったBBSの要因として天井効果により改善度が得られにくいといった評価指標の特性が関与していたものと考えられた。MFESも同様に介入前より、MFES得点が満点に近い高得点群は改善が得られにくい指標であることが考えられた。しかし、MFES得点が70 点以下の低得点群では介入直後にMFESの得点が向上したことから、このような対象者にはMFESといった評価指標や床での立ち座り練習の実践が有効ではないかと考えられた。【理学療法学研究としての意義】床での立ち座り練習の実践が歩行能力を向上させ、再転倒の防止に繋がる可能性が考えられる。