抄録
【はじめに】1983年にMacNabらは腰痛と股関節痛との関連性よりhip-spine syndromeを提唱し病態を分類している。変形性股関節症における腰痛は臨床上よく観察され、hip-spine syndromeにおけるsecondary hip-spine syndromeに分類されている。腰痛の評価ツールとして、日本整形外科学会腰痛評価質問票JOABPEQがあり、これは疼痛関連障害、腰椎機能障害、歩行機能障害、社会生活障害、心理的障害の5項目について評価するものである。今回は、この患者立脚型評価であるJOABPEQを用いて股関節疾患患者の人工股関節全置換術(THA)施行前後での腰痛の評価を行い、secondary hip-spine syndromeにおける腰痛に対するTHA施行と術後の理学療法の影響を考察した。【方法】当院整形外科において2011年6月から11月にかけて前方侵入法人工股関節全置換術(DAA THA)を施行した変形性股関節症患者30名を対象とした。男性1名、女性29名、平均年齢63.5±8.3歳、身長153.6±5.4cm、体重53.7±8.6kg、なお脊椎疾患にて下肢のしびれ等の神経症状がある者、ブロック注射や脊椎手術の既往がある者、研究に同意のない例は除外とした。対象症例に対し術前、退院時、術後3カ月、6カ月にJOABPEQを用いてアンケートを行い、5項目ごとのその変化を検討した。また術前と術後最終観察時(平均観察期間129.5±51.6日)に医師の指示にて放射線技師がX線撮影した立位側面像から、腰仙角(sacral slope:SS)と腰椎前弯角(lumbar lordosis:LL)を測定し術前後での比較を行った。あわせて撮影同時期のJOABPEQ5項目と腰痛と股関節痛のVisual Analog Scale(VAS)、関節可動域(ROM)評価(股関節屈曲+伸展角度)の術前後での比較を行った。統計学的分析は、JOABPEQの処理にKruskal-Wallis の検定とScheffe多重比較検定、Wilcoxonの符合付順位和検定を用い、その他には対応のあるt検定を使用した。p<0.05を統計学的有意水準とした。【説明と同意】ヘルシンキ宣言に基づき、対象者に対しては研究の趣旨を説明し,同意を得た。【結果】術前、退院時、術後3カ月、6カ月ではJOABPEQ変化について5項目全てに有意な改善が見られた。疼痛関連障害は術前と3カ月、術前と6カ月、腰椎機能障害は術前と6カ月、歩行機能障害は術前と6カ月、退院時と6カ月、社会生活障害は術前と3カ月、術前と6カ月、退院時と6カ月、心理的障害は術前と6カ月で有意な差がみられた。SSは術前に35.6±10.3度、術後33.2±9.7度となり有意な差が見られた。LLについては術前に45.8±16.2度、術後43.7±15.5度で有意差は見られなかった。X線撮影同時期のJOABPEQで疼痛関連障害の中央値は術前64点、術後100点、腰椎機能障害の中央値は術前83点、術後83点、歩行機能障害の中央値は術前57点、術後93点、社会生活障害の中央値は術前51点、術後78点、心理的障害の中央値は術前57点、術後76点となり、全項目に有意な差が見られた。VASについては腰痛は術前2.7±2.7mm、術後1.2±1.8mm、股関節痛は術前6.6±2.4mm、術後0.9±1.7mmとなり有意な改善がみられていた。股関節屈曲伸展ROMについては、術前76.7±19.8度、術後95.5±11.2度となり、有意な改善が見られた。【考察】患者立脚型腰痛評価であるJOABPEQは、医療側のバイアスの入らない患者自筆の評価ツールであり、痛みによって生じた身体機能、活動性、心理社会的評価を多面的に評価できる詳細なスケールである。今回の結果からTHA施行患者における腰痛はこのスケールにより疼痛に伴う多面的な評価においても改善が見られた。VASやROMの改善、骨盤の前傾を示す腰仙角の減少も確認されたことから、THA施行によりsecondary hip-spine syndromeにおいて腰仙部アライメントの改善と並行して腰痛改善があったと推察され、それはTHA術後3カ月~6カ月以降に腰仙部アライメントの回復に伴って改善するものと思われる。しかしLLにおいて回復が見られなかったことは、骨盤傾斜や股関節のROMが変化しても、加齢の影響による不可逆的な変化が脊柱に起きている可能性や、THAの術式の影響、股関節の罹患が両側に及ぶ例の影響なども考えられた。またアンケート内容において腰痛由来の質問が股関節痛や機能的な制限と重なってしまうことなどがあり、腰痛改善の影響と股関節機能や痛みの改善の影響の分別が困難な例も見受けられた。今後はより詳細な理学療法評価やアンケート施行群の年齢別や罹患側別の検討や、今回は矢状面での評価を中心に検討したが今後は前額面アライメントなどもあわせて検討を行っていきたい。【理学療法学研究としての意義】患者立脚型腰痛評価表JOABPEQにより、THA施行により腰仙部におけるアライメントの改善と並行して腰痛改善があったと確認できた。患者側の主観をベースに評価できる評価ツールを指標とすることで、THA施行前後の腰痛の変化をより多面的に評価できる可能性が示唆された。