抄録
【目的】地域在住の高齢者における転倒背景について調査を行った先行研究より,「歩行中の躓き」が最も多い転倒発生における背景であることが報告されている。ゆえに,歩行中における下肢の運動制御能について着目することは重要な視点と思われる。 本研究の目的は,「歩行中の躓き」に着目し,「またぎ歩行」課題の正確性と転倒との関係性を検討することである。【方法】対象は,徳島市老人クラブ連合会に所属する自立して生活を営むことのできる65歳以上の高齢者39名とし,過去1年間の転倒歴により,転倒群17名(76.9±6.3歳)と非転倒群22名(74.8±4.2歳)に分類した。 対象者には,調査項目として身長,体重,両眼視力のほか,MMSE,TMT-A,PGCモラールスケール,簡易版Geriatric Depression Scale(GDS),転倒自己効力感(Falls Efficacy Scale:FES)及び,日常生活における「躓き」についてのアンケートをそれぞれ調査した。また,運動機能項目としてTUG-T,最大膝伸展筋力(アニマ社μTAS)を測定した。 また,実験環境下において「歩行中の躓き」を観察する目的で,10cm幅のライン12本を不等間隔にプリントした10m歩行路(10m×0.9m)を自作し,ラインを踏まないよう指示した「またぎ歩行」を10m×4往復を各対象者が最も行いやすい歩行速度で行わせた。「またぎ歩行」の条件は,単課題として実施するSingle task条件(ST条件)と,50からの1back課題を加えたDual task条件(DT条件)の2条件を対象者ごとにランダムに実施した。その際,ラインへの足部の接触をMisstepとして定義し,そのMisstepの回数を目視にて1往復ごとに計測し,合わせて歩行時間も計測した。また,10m×4往復の通常歩行条件も実施し,同様に歩行時間を計測した。 統計学的解析は,対応のないt検定,Fisher’s test及び,反復測定の二元配置分散分析,多重比較検定(Bonferroni法)にて行った。なお,有意水準は5%未満とした。【説明と同意】本研究は,大阪府立大学における研究倫理審査委員会の承認を得ており,全ての対象者には,研究の主旨を書面と口頭にて説明を行い,同意のもと実施している。【結果】調査項目に関しては,PGCモラールスケールにおいて転倒群で有意に低下を認めたほか,TMT-Aで転倒群が有意に高値を示した。さらに,「躓き」に関するアンケートでは,日常生活での「躓き」を自覚している者は,転倒群では15名(88.2%),非転倒群では10名(45.5%)であり,転倒群において有意に「躓き」を自覚する者が多かった。また運動機能項目では,最大膝伸展筋力において転倒群で低下を認めた。 さらに,10m×4往復の通常歩行条件における歩行時間では,1往復時から4往復時までにおいて2群間に差を認めなかった。またST条件とDT条件の比較では,両群ともに1往復時から4往復時までのすべてにおいてST条件に比べDT条件で有意に歩行時間が低下した(p<0.01)。またMisstep回数については,1往復時では条件間比較,群間比較ともに差を認めなかったが,2往復時においてST条件,DT条件ともに群間比較において転倒群で有意にMisstep回数が多いことが認められた(p<0.05)。さらに3往復時,4往復時では,加えて,転倒群のみにおいてST条件に比べDT条件で有意にMisstep回数の増加を認めた(p<0.05)。【考察】本研究の結果から,転倒群ではST条件,DT条件ともに2往復時からMisstep回数の増加を認め,さらには3往復時からDT条件によりさらなる増加を認めた。このことから自立した生活を営むことができる高齢者における転倒者の特徴を,本研究課題を用いれば見出すことが可能なことが示唆された。そして,二重課題法を用いることによって,より顕著にその特徴を見出すことができたが,最も興味深いのは,本研究で使用した「またぎ歩行」課題を2往復行えば二重課題法を用いなくても転倒者の特徴を見出すことができることを示唆している点である。このことについては注意の持続機能が関与しているものと思われるが,二重課題法を使用しないという点では,地域で実施する場合において,より導入しやすくなることが考えられた。【理学療法学研究としての意義】本研究は,地域在住の高齢者に対して,地域の現場において安全かつ簡便に,より早期に「転倒」あるいは「躓き」の発生を予測する指標として有用となる可能性が期待できるものと考えている。