抄録
【はじめに】 パ-キンソン病は転倒リスクの高い疾患として知られており,健常者の6倍の転倒発生率を有すると言われている.運動障害と転倒との関係においては,Hohen & Yahr(以下,H&Y)のStage分類で3から4の患者で多く認められるが,歩行中の転倒発生はStage 1から2の比較的軽度な患者に多く,障害度の進行に伴い歩行開始時の転倒が増加していくと報告されている.歩行開始時の転倒はすくみ足現象と関連すると考えられる一方,歩行停止時の突進現象により転倒する患者も少なくない.これらの事より,パ-キンソン病患者における姿勢制御能力は歩行開始時(gait initiation)および停止時(gait termination)での要求が大きいと考えられる.最大一歩幅の測定は包括的下肢機能評価「健脚度Ⓡ」の1項目であり,地域高齢者では年齢に伴い減少することが報告されている.この随意的な最大ステップ動作には大きな重心の前後制動能力が求められるため,パ-キンソン患者に特有の転倒リスクを反映する可能性がある.本研究の目的は地域在住パ-キンソン病患者に対して最大一歩幅測定を実施し,その距離やステップ後の重心制動能力と転倒発生との関連性を調査することである.【方法】 対象は地域在住のパーキン病患者23名(男性14名,女性9名,平均年齢66.5±6.8歳)とした.疾患の重症度はH&YのStage分類で中央値3(幅1.5-4)であり,過去の1年間の転倒歴は1回以上が14名(60.9%),複数回転倒者は10名(43.5%)であった.対象者には歩行解析用フォースプレート上での立位からできるだけ大きく前方へステップし,その姿勢を3秒間保持するように指示した.評価は基本項目(Barthel Index, 歩行速度(m/s),重複歩距離(cm),すくみ足質問表,Pull test,静止立位時重心動揺と測定課題に関連する項目(最大一歩幅(%身長),ステップ後3秒間の重心動揺面積(cm2),総軌跡長(cm),最大荷重率(%体重),ステップ開始の音声Queから足部離地までの運動反応時間(秒)),および運動機能項目(Timed Up and Go Test: TUG,足趾把持力(kg),最大膝伸展筋力(kg))とした。【説明と同意】対象者には研究目的に関する説明を文書にて行い,参加の同意を得た.【結果】 静止立位での重心動揺面積および総軌跡長は転倒経験の有無および複数回転倒の有無による差は認められなかった.単相関分析においては,最大一歩幅は歩行速度(r=0.61, p<0.01),重複歩距離(r=0.56, p<0.01),TUG(r=-0.64, p<0.01),膝伸展筋力(r=0.57, p<0.01),足趾把持力(r=0.54, p<0.05)と有意な相関が認められた.運動機能項目では転倒群の足趾把持力が非転倒群に比較して有意に低下していた(p<0.05).最大一歩幅は転倒群および複数回転倒群で少ない傾向にあったが,統計学的な差は検出されなかった. 本課題に関連する項目においては,転倒経験の有無による比較では両群に差は認められなかったが,複数回転倒の有無による比較ではステップ後重心動揺面積,ステップ後総軌跡長において複数回転倒群が有意に大きな値を示した(各p<0.05).またステップ開始Queから足部離地までの運動反応時間は転倒群は非転倒群より遅延する傾向があり,複数回転倒群と非複数回転倒群による比較では複数回転倒群が有意に遅延していた(p<0.01).最大一歩幅(%身長)を目的変数とした重回帰分析では歩行速度,総軌跡長,足趾把持力が有意な関連項目として選択された(各p<0.05,自由度調整R2=0.67).【考察】 地域高齢者を対象とした先行研究において,最大一歩幅は下肢機能を反映する指標の一つとされているが,本研究結果から歩行速度,TUG,膝伸展筋力等にも有意な相関が認められたことから,パーキンソン病患者においても下肢機能および動的バランス能力を反映する指標であることが示唆された.最大一歩幅の測定値のみでは転倒ハイリスク者の判別には不十分であるが,ステップ後の重心動揺評価を組み合わせることにより,特に複数回転倒を発生するリスクの高い患者をスクリーニングできる可能性がある.しかし,このために現段階では高額なフォースプレートを使用する必要があるため,臨床的有用性という視点からは課題が残った.【理学療法学研究としての意義】 パーキンソン患者の転倒による骨折は,その後の日常生活水準を急激に低下させる危険性がある.従って本疾患の障害特性を反映し,かつ簡便な評価指標を開発することは運動機能評価を行う専門職にとって有用なツールとなる可能性がある.