理学療法学Supplement
Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: E-O-13
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一般口述発表
軽度認知機能障害と注意・遂行機能との関係
緑川 亨三谷 健田村 邦彦太田 恭平府中 達也名越 崇博石橋 淳一長谷川 宏平東郷 史治小松 泰喜
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キーワード: MCI, MoCA, 注意・遂行機能障害
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抄録
【はじめに】軽度認知機能障害(以下MCI)の診断基準は1.主観的な物忘れの訴え,2.年齢に比し記憶力が低下(記憶検査で平均値の1.5SD以下),3.日常生活動作は正常,4.全般的な認知機能は正常,5.認知症は認めないとされている(Petersen et al.1999).MCIは年間16%が認知症へ進行し,特にアルツハイマー型認知症に進展する確率は8.5%と言われている(Ishikawa et al.2006).近年,MCIをスクリーニングする方法としてthe Montreal Cognitive Assessment(以下MoCA;http://www.mocatest.org/)が開発され,妥当性についても検討されている.本研究ではMCIと注意・遂行機能および各種パラメータとの関連性について検討した.【方法】対象は当法人内ケアハウス入居者15名(男性4名,女性11名;平均年齢82.7±6.9歳).測定は身体機能評価として握力,全力10m歩行,Timed up & go test,開眼片脚立位保持を用い,ADL評価としてBarthel Index,IADL評価として老研式活動能力指標を用いた.精神機能評価としてGeriatric depression scale,認知機能評価としてMini-mental state examination,MoCA,注意・遂行機能評価としてFlanker taskを用いた.課題はPC画面上にて呈示されるターゲット矢印の左右方向を答える課題で,ターゲットの左右には同じ長さの線分または矢印が左右に各2つ(Flanker)同時に表示される.呈示される刺激の種類は全てのFlankerがターゲットと同一方向を向いている矢印(congruent条件),全てのFlankerがターゲットと逆方向を向いている矢印(incongruent条件)の2種類であった.測定は椅子座位にて行い,対象者にはターゲットの向きが右の場合は右手の示指でMキー,ターゲットの向きが左の場合は左手の示指でZキーを押してもらった.課題は両刺激60施行の計120施行をランダムな順序で平均4秒間隔にて実施し,被験者毎に全試行における反応時間の中央値(total RT)とエラー率(total error),各条件での反応時間の中央値(congruent RT,incongruent RT)とエラー率(congruent error,incongruent error)を算出した.統計解析には年齢を制御変数とした偏相関分析を用い,各種パラメータとの関連を確認した.その後MoCAをcut-off値22/23にて2群に分け,Kruskal Wallis 検定を行った.【倫理的配慮、説明と同意】本研究は東京工科大学倫理審査委員会の承認を得て実施した.対象者には口頭と書面にて本研究の内容を十分に説明し,署名により同意を得た.【結果】偏相関分析の結果,MoCAスコアとtotal RT(r=-.600,p<.05),congruent RT(r=-.525,p<.05),congruent error(r=-.569,p<.05),incongruent error(r=-.523,p<.05)に有意な相関を認めた.MoCAの下位項目では言語がtotal RT(r=-.595,p<.05)およびcongruent RT(r=-.657,p<.01)と有意な相関を認め,さらに抽象概念がtotal RT(r=-.693,p<.01),incongruent RT(r=-.520,p<.05)にて有意な相関を認めた.群間比較において,身体機能評価,精神機能評価,ADL・IADL評価に有意差を認めなかった.また,MoCAスコアに両群間での有意な差は認められなかったが,下位項目である数唱課題,抽象概念,遅延再生において有意差を認めた(p<.05).Flanker taskにおいてはincongruent errorのみに有意差を認めた(p<.05).【考察】MoCAの原本ではcut-off値を25/26としているが,年齢や教育年数による影響が大きいため,cut-off値の検討がなされている.Luisらはcut-off値を22/23とした場合,感度が96%,特異度が95%と報告している(Luis CA et al.2009).本研究ではこのcut-off値を用いた結果,群間比較においてFlanker taskのincongruent errorに有意差を認めた.これは認知機能低下により後方抑制の制御が低下した結果と推察される.後方抑制は1つの課題遂行状況から異なる課題へと素早く転換する際に関与すると考えられており,加齢によって低下するが,今回の結果から2群間における年齢に有意差はないことから,MCIの背景には後方抑制の低下が存在している可能性が示唆された.また,MoCA下位項目に有意差は認められてはいるものの,身体機能・精神機能評価,ADL・IADL評価における2群間の差が認められなかったことから,観察や聴取のみではMCIレベルの認知機能低下をスクリーニングすることは困難である可能性がある.そのため比較的簡便に行うことができ,またPC上の処理で信頼性が高いFlanker taskはMCIのスクリーニング方法としては有用であると考える.【理学療法学研究としての意義】認知症者は年々増加しており,効果的な治療法が十分でないことからより一層社会的問題となりうる.認知症の初期段階であるMCIの特徴を明らかにすることにより,認知機能低下の予防に運動介入が効果的であるという報告があり,運動を手段とした予防的介入の基礎研究やその方法論の足がかりとなる重要な研究との位置づけである.
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© 2013 日本理学療法士協会
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